エルゴンの麓、ムバレの太陽 2009 年 3 月 19 日

      2 月下旬にエルゴン登山に出かけた後、ムバレで平野さんのフィールド・ワークにつきあおうと考えていたのだが、事務所スタッフ、ロバートのミスで動物が集まらず、採材をできずに退散するという苦い経験をした。その後、カンパラへ戻るとすぐに 3 月に入り、プロジェクトの終了が目の前に迫ってきたため何かと忙しくなってきた。それでもうムバレはパスするかと思い始めていたのだが、これまで短期隊員が入ったときには必ず少なくとも一度はその活動の現場に立ち会ってきたため、やっぱり出迎えがてら行ってこようと重い腰を上げ、東へと車を走らせる。
      ムバレに赴任している平野さんは日大で前任者二人の一年後輩にあたる。繁殖学教室の出身で、大学院博士課程は岩手大学に進んだ。帯広畜産大学、鳥取大学、山口大学などの獣医学科繁殖学講座を渡り歩いており、家畜繁殖関係の人脈や噂話には異常に詳しいという、若くして獣医大学家畜繁殖ゴロ的な存在に成り上がった。同じく繁殖系の古山君とは話が合うようで、「どこどこ大学の何々先生は若いよねえ」なんていうつまらない話をよくしていたっけ。この人にかかっては筆者の同級生や後輩なども形なしである。県のスタッフがあまり事務所で仕事をしないムバレに入って大丈夫かなあと案じていたのであるが、57 才のラボ・テクニシャン、エチューに鋭い目線で指図を出す様子を目にし、「ああ、心配する必要はないな」と感じてしまった。いつもは言いたいことを言う背の高いエチューが平野さんと一緒にいると何か小さく見えてしまい、むしろ気の毒にも思えたには筆者の思い過ごしだろうか。
      平野さんが赴任してからというもの、ムバレ事務所のラボは見違えるようにきれいになった。彼女の赴任前に内装の改修をしたため、実験台や壁がきれいになったのはもちろんなのであるが、雑然と置かれていたラボ用の消耗品や薬品類などがきちんと整理され、整然とした形で棚に収まっていたことによるのは明らかだ。平野さんはきっと整理魔なのだろう。タッパーウェアーを沢山買い込み、その中に仕分けしたものを入れて整理してある。シニアボランティア (SV) の前原さんに聞いた話では、前原さんが平野さんに頼まれてタッパーウェアーを買いに連れて行ったのだそうだ。「ここまでやるか!」とつっこみたくなるようなものまであったが、ラボが使いやすく整理されたので良しととしなければいけない。「ラボ用備品」という名目がついた領収書の枚数がやたらと多かったのは言うまでもない。

校庭には崩れかけた壁に黒板が残っていた。古い校舎の跡だろうか。きっとここも青空教室として利用するのだろう。

サンプリングを行った小学校の校舎

まったりと牛が集まってきた。

最初の一頭は平野さんが採血をする。

      サンプリング当日の朝、事務所で荷物を載せ、エチューをひろってからブシア・サブカウンティー事務所へ行き、フィリップと合流した。彼はブシア・サブカウンティーの担当獣医師であり、筆者は前任者の加藤さんとこのあたりへ採材に来た記憶がある。ムバレからトロロへと向かう途上だ。ここにはムセベニ大統領に加えて副大統領も来たことがあるらしく、彼らのサインが入ったゲストブックを自慢げに見せてくれた。
      サンプリングの場所はサブカウンティー事務所からさらに南へ数キロ下ったところで、やっぱり小学校の校庭だった。まだ動物が集まってきておらずガランとしている。授業中なので子供たちもいない。少し待つかなと覚悟をしていたのだが、程なくして牛が集まってきた。フィリップがまわりの農家を駆けずり回って、「サンプリングをするから牛を連れて来るように」と知らせているようだった。フィリップが農家の人たちと親しげに話している姿を見ると、彼はすごく信頼されているんだろうな、という印象を強く受けた。きっと腕が確かでしかもきちんと農家と動物の面倒を見ているのだろう。臨床家たるものこうでなくてはいけない。これでもう少しラボでの検査にも興味を持ってくれたら言うことはないのだが、今はまだエチューに任せきりである。検査の結果が実際に治療に役立つという実感がわいてくるまでは、今のままでも仕方ないだろうか。フィリップは器用だから、何をやらせてもきっとうまくこなすことだろう。今後に期待することにしたい。

「さて、採血をするか。」と、フィリップが続く。

フィリップの採血を覗き込む。

スタスタと気取ってその場を去る牛たち、どこへ行く。

東部に特有の保定、牛も大変だ。

      牛が集まってきたら早速サンプリングを開始。最初の一頭は平野さんが採血をしたが、その後はもっぱらフィリップが担当し、採った血液を平野さんとエチューが処理するという流れになっていた。エチューはすぐに塗抹を作っている。フィールドで作ってしまった方が血液の状態はいいし、何よりも事務所へ戻ってからの作業が楽になるので正解だ。どこの県でもフィールドでの手順はそれぞれ分担を決め、ひとつのチームとしてうまく機能しているようだった。
      牛の保定はいつも通りである。農家の兄ちゃんたちが後ろ足を持ち上げた状態で鼻をつかんで牛を抑えるか、もしくは倒して抑えるかだ。クミやムピジではロープを使って倒すことが多いが、ムバレではあまり見たことがない。いったいこの違いはどこから生まれたのだろうか。クミでは後ろ足にロープをかけて取り抑えるため、足にロープの擦れた痕がついている牛がほとんどである。前にもどこかに書いたが、胸部と腹部にロープを通して締め上げ、心臓を圧迫させることにより牛を倒すという日本的裏技を使う農家もクミにはいたが、ムバレではついぞお目にかかったことがない。大昔に筆者がトロロで実施したサンプリングでも、そのような形で牛を倒す姿は見られなかった。ある技術が他の地域に普及しないのはどうしてだろうか。牛耕など労力としての動物の利用がある地域に限定され、他の地域にはほとんど普及しないのも同じような理由からなのだろうか。

牛乳のサンプリングをするところ。

フィリップはなかなか採血がうまく、サッサとこなしていく。

何やら相談する二人。

エチューはその場で血液塗抹を作っていく。

後ろ髪が鬱陶しいのか、かわいらしく束ねてみた。

もともと何の品種かわからない牛が多い。

本当に親子なのだろうか?

本日の観客

      翌日、平野さんはカンパラへ引き上げなければならず、サンプルを処理する時間が十分に取れないため頭数を少なめに設定していたので、昼前には予定していたサンプル数を採り終えた。この後、ローズ・ベンガル・テストで陽性の牛が出た農家を訪ねて数頭の山羊から採血をし、我々はムバレへと戻った。昼食後、平野さんとエチューは事務所のラボで採ってきたサンプルの処理を始めた。エチューは町中にあるクリニックで検査のバイトをしているため、午後はいつの間にか消えてしまうことが多いのであるが、この日は平野さんの最終日ということで彼が気を遣ったのか、それとも平野さんの監視がいつになく厳しかったためか、エチューは最後まで残って処理と検査につきあったそうだ。最初の隊員が入ったときには、「昼飯代をよこせ」だの、クリスマス前に電話をかけてきて「隊員につきあった労賃を払え」だのと言ってきた男も随分と変わったものである。

これから何やら始めるらしい。

授業が終わり、休憩時間になって校庭に現れた子供たち

カメラを構えるとすぐにこうなる。

子供たちに取り囲まれる。

ローズ・ベンガルの陽性が出た農家で山羊から採血

いったい何という品種の山羊だろうか。

      この日、何を血迷ったか、所長のウェレがスタッフや我々にレターを配り始めた。何だろうと思って開くと、平野さんの送別会への招待状であった。なかなか気の利いたことをするものである。6 時過ぎにホテルへ行ってみると、屋外のレストランに事務所のスタッフが集まっていた。少し遅れてムバレ県のナンバー 2 である Chief Administrative Officer もやって来た。彼のビールに一匹のミツバチがたかり、それを非常に恐れて立ったり座ったりしていた姿が何ともかわいく、「バタバタしないでじっとしていろ」と事務所のスタッフにたしなめられていた。またそのホテルには何故かハエが多く、コースターをコップの上に置いてフタをしなければならないほどであった。こんな風にコースターを使ったことなど今までなかった。モーゼスが「ハエは 7 時になったらいなくなる」と自信ありげに何度も繰り返す。「何を言ってるんだ、このアホの仮面をかぶったバカは」と思ったのだが、驚くことに 7 時を過ぎたらあんなに沢山いたハエは本当に姿を消してしまった。モーゼスはアホの仮面をかぶった有識者であった。

平野さんの送別会にて

ラボでエチューと血液塗抹の鏡検をする。

屠場にて前原さん (左) と

ムバレの屠場

エチューとお別れの一枚

モーゼスとお別れの一枚

      翌日、カンパラへ戻る日の早朝にムバレの屠場見学にでかけた。ウガンダには青空屠場か、屋根をかけただけの簡易屠場が多いのだが、ムバレのそれにはきちんとした建物とそれなりの設備が整っている。衛生面から言えばまだまだ不備な点が多いような印象を受けたが、それでも他地域の屠場よりは数段上であり、検査もきちんと実施しているようであった。但し肝蛭などの寄生虫については、つまんで取り除くだけである。ウガンダでは牛と山羊については食肉検査が義務づけられているが、豚については法律で定められていない。宗教的な問題があるようだ。
      この日、平野さんが昨日のサンプル処理を終えたのは昼近くになってしまった。それからカンパラへ上がるために同乗する SV の前原さんと JOCV の久芳さんをひろい、千葉くんが待つカンパラへと向かった。

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2009 年 4 月 長期専門家 柏崎 佳人 記
"短期獣医隊員活動"のスライドショーをダウンロードする。(File Name: Uganda-JOCV'09.mov)