赤道直下、キルフラの丘 2009 年 3 月 4 日

      週末にカンパラへ上がって来ていた古山君を車に乗せ、前日のひな祭りにキルフラへと向かった。途上、ムピジ県内でトラブルに巻き込まれ 3 時間ロスしたのであるが、古山君は車の中で脳天気に爆睡。大器の予感か、それとも前日ドミがうるさくて眠れなかっただけか? ムバララ・ロードからキルフラへ向かう未舗装道路に入ったところでシマウマを数頭発見。しばし車を停め、古山君は写真撮影に出かけた。カゾでの活動も 3 週間が過ぎ、非文明的な生活には慣れてきたようであるが、カゾ獣医センターの責任者である金の亡者カトーとはしばしばやり合っているという。古山君は北大獣医学部家畜繁殖学教室に籍を置く博士課程の 1 年生。実家は大阪、難波 3 兄弟の長男だが、関西弁は出てこないし、長男というよりは次男的自由闊達な性格の良さを感じる。隠れ関西人でお調子者の(この点は関西的と言えそうだ)ボクがキルフラに赴任して以来のばしている無精ヒゲは、生来の童顔を苦み走った男の顔にするためにはあまり役立っていない。
      カゾ獣医センターの一番の問題は、電気でも水道でもない。責任者である県畜産スタッフのカトーだ。何というか、人の裏をかくコスカライ性格をしている。ドナーからは金を搾り取ることばかり考えており、問題が起こるとしらを切り、すぐに他人のせいにする。若いスタッフの面倒などはからきし見ず、扱き使って気にくわなければ怒鳴り散らす。以前、センターには二人のフィールド・アシスタントが寝泊まりしていたのであるが、今ではカトーを嫌って皆、出て行ってしまった。前任者の小林さんもカトーの取り扱いには苦労していたし、筆者も度々やり合ってきた。若いスタッフを欠くセンターで、そんなカトーと若い古山君がうまくやっていけるか少し心配していたのだが、夜は毎晩のように二人で飲みに出かけているらしいのでまあ大丈夫なのだろう。2 月いっぱいは二人の学生がセンターで研修をしていたそうで、彼らの存在が古山君の気晴らしになっていた様だ。ここでカトーの名誉のため、取って付けたようにひとつ付け足しておくと、彼は決して悪い人間ではない。「喧嘩をしても後腐れがないことが唯一の長所である」というのが小林さん、古山君、そして筆者の共通した見解でもある。

当日の朝、空には鈍色の雲が広がっていた。

エンマに乳房炎の検査を説明する。

牛が集まってきた。クラッシャーに急ぐ。

結婚して服装がこざっぱりしたエンマ

      今日のサンプリングはケンシュンガというサブカウンティーである。フィールド・アシスタントのエンマがサンプリングに加わった。1 月末、結婚を機に町へ居を移したエンマは、忙しいのかカトーと顔を合わせたくないのか、このところほとんどセンターに来ていなかった。学生が研修を終え、若くてこき使えるスタッフがいなくなってしまったので、カトーが招集をかけたようだ。エンマもさんざんカトーに悩まされ続けてきた者のひとりだが、結婚してセンターを離れたのでカトーとの関係がそれなりに落ち着いてきたのかもしれない。会うのはまだ 2 回目だという古山君ともすぐにうち解け、親しげに話をしていた。ケンシュンガの畜産スタッフとフィールド・アシスタントが採材に加わったので、サンプリング・チームは筆者も含めて 6 人という大所帯になった。
      最初に訪れた牧場には立派な母家が建っていた。なかなかうまくやっているようである。牛一頭あたりの乳量が多いとは思えないが、酪農はそれなりに儲かるのだろう。道を挟んで両側に牧場が広がっている。車を離れ、丘を下っていくとすぐに牛の群れが現れた。動物が集まるまでに 30 分くらいは待たされるのが普通だが、ここの農家はちゃんと準備を始めていた。感心感心。すぐにクラッシャーの中に牛が並び、採血が始まった。カトー、エンマ、古山君の 3 人で尻尾から血を採っていく。以前、カトーは自分で採血などしなかったが、今回はどうした風の吹きまわしだろう。当時、カトーは採血が下手で、失敗する姿を若いスタッフに見られるのを恐れて記録係に徹していたが、その後密かに練習して自信がつき、人前でも採血できるようになったのだろう。いつも威張り散らしているカトーにも、彼なりの苦労はあるのだ。エンマも小林さんとやっていた頃に比べると格段にうまくなり、着実に数をこなしている。以前は遅々として進まない作業にしびれを切らし、筆者も助け船を出して採血を手伝ったが、今回は写真係に徹してのほほんと彼らの作業を記録していた。

さて、採血をするか。

ほら、採れた。うまいだろう。

エンマも採血が随分とうまくなった。

血液サンプルの処理をする。

      採血を終えると数頭の牛から乳を搾り、乳房炎の検査をする。カトーは現在、マケレレ大学の修士課程に籍を置いており、牛乳からブルセラ菌を分離し、それを修士論文にまとめようと考えている。そのために各農場から牛乳のサンプルを集めている。その基準が「乳房炎の牛から」ということなのだが、ちょっとポイントがずれているような気がして理由を尋ねた。すると「ブルセラ菌が乳房炎を起こすことがあると本に書いてあったから」という返事が返ってきた。確かにブルセラ菌が乳房炎の原因になることはあるのだろうが、常にというわけではないし、むしろ稀なケースであろうと思われる。筆者の本には「山羊で乳房炎を起こすことがある」と書いてある。そしてカトーは集めた牛乳をミルク・リング・テストで検査し、陽性のサンプルから菌を分離する予定らしい。しかしこれにも少し疑問が残る。まず第一に乳房炎を起こしている乳がミルク・リング・テストのサンプルとして適当なのかどうかということ。またミルク・リング・テスト陽性の牛乳は抗体を多く含んでいるわけで、その抗体が菌を中和してしまっているのではないかということである。もともとミルク・リング・テストはバルク乳を検査するための診断法であるから、筆者であれば訪れた農場からバルク乳のサンプルを持ち帰り、それをミルク・リング・テストで検査して、陽性が出た農場にいるローズ・ベンガル陽性牛から菌分離用の牛乳サンプルを集めるだろう。このことをカトーにも話したのであるが、全く耳を貸そうとしなかった。

2 軒目の農場、丘を駆け下りてきた牛の群れ

勢いがついて、なかなか止まらず。

追求する古山君、しらを切るカトー (左端)

本日のイケメン 3 人組

牛を追うのは大変だ。

サンプルに番号をつける。左がケンシュンガのフィールド・アシスタント

さて、うまく採れるか?

堂に入ってきたエンマ

      2 ヶ所目の農場に移動。ここでもきちんと連絡が取れていたようで、すぐに牛が集まってきた。ケンシュンガのスタッフはなかなか優秀だ。採材の流れは変わらず、着実にサンプルを集めていく。この牧場にはスタッフも多く、スムーズに事が運ぶ。牧場主らしき大柄なご主人はデジカメを取り出し、筆者同様に写真を撮り始めた。ここの農家も儲かっているのだろう。それにしてもキルフラでは牛の無計画な交雑が進み、ホルスタイン模様にアンコーレの角という奇怪な牛が増えてきているような気がする。純粋なアンコーレ牛はほとんど見られなくなってしまった。山羊にも昔は大型なローカル種がいたそうであるが、今では全く見かけない。あの勇壮なアンコーレ牛はもうしばらくしたら姿を消してしまうのであろうか。

カトーも採血をするようになった。

なかなか思うように血が採れない古山君と、尻尾を持っているのに飽きてきた牧場マン

クラッシャー内でじっとしているのも疲れるだろう。

乳房炎の検査中

記録をチェック

なかなか力強い牛の絵にセンスの良さを感じる。

      3 ヶ所目の農家のクラッシャーは高台にあり、なかなか良い眺めであった。向かいの丘の上にはキルフラ県庁の建物が並んでいる。この牧場に来る直前、2 ヶ所目の牧場の入り口で看板の写真を撮っていたとき、山羊を連れて前の道を歩いていた赤と黄色の T-シャツを着た 2 人の若者が坂を登って行く。ここでも待ち時間はほとんどなく、採材はすんなりと捗った。キルフラではサンプリングに関して問題はないようだ。
      問題なのはやはり獣医センターのラボであろう。ソーラーシステムにつないだインバーターからの交流電源を使うと、オートクレーブは作動するもののインキュベーターが安定しない。そこで UPS やスタビライザーをつないでみたのであるが、なかなか満足のいく結果が得られず頭を抱えている。今回の目玉であった抗生物質の感受性試験が未だにできないままだ。また、ミルク・リング・テスト、血液検査、糞便検査、等にしても、カゾのスタッフはほとんど実施してきていないために経験がない。古山君も大学院ではほとんど活用する機会がないので今ひとつ自信がないようだ。今後、短期隊員を地方へ派遣する際には、事前にひと通り検査手技を確認しておく必要があるかもしれない。

左側、こんもりした藪の中が追い込み柵になっている。

クラッシャーの中、きれいに整列するものだ。

エンマも調子が鈍ってきたか、眉間にしわが寄ってきた。

今度はうまく採れますように、、、

採血終了後、サンプルの整理をする。

県庁舎の並ぶ丘を登る道

      1 時過ぎには予定のサンプリングが終了した。カトーがケンシュンガまで自分の車を運転して来ていたため、古山君を含むカゾ・センター一行とはここで別れ、筆者は一路カンパラへと向かった。前日、シマウマを見たのと同じ場所で再び 4 頭のシマウマを発見。昨日はフィールドの奥の方にいたが、今日は何と道路のすぐ脇で草を食んでいた。手が届きそうなほどに近い。しかし彼らのすぐ横に車を停めたため、カメラの準備をしているうちに藪の中に入って行ってしまった。残念!

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2009 年 3 月 長期専門家 柏崎 佳人 記
"短期獣医隊員活動"のスライドショーをダウンロードする。(File Name: Uganda-JOCV'09.mov)