小林流、キルフラの畜産スケッチ

キルフラ周辺の住民にとって、牛は伝統的に Prestige であるといわれている。家長にとっては家族の一員どころか、家族以上に大切なものとされている。権威の象徴というのか、多く持っていれば持っているほど他人から尊敬されるという不思議な存在である。

ところが最近は、現金収入という観点から牛が再評価されつつあり、日銭を稼ぐための搾乳が盛んになってきている。角が長い在来牛の群れが放牧されている姿を眺めては美しさを感じ、幸福感に浸るというのが従来の家畜飼育の目的であったというが、これらの在来牛は産乳量が少なく(1 リットル/日)、外国から導入された乳牛との雑種化が急速に進行している。



飼養頭数

2002 年度センサスの統計によると、キルフラ・ディストリクトには 54 万頭の牛がいたという。今ではさらに飼養頭数が増えているというのが大筋の見方で、70 万頭ぐらいいるのではないかという意見もある。DVO が持っていた資料では飼養頭数は右表のようになっている。多すぎるような気もするが、正確なところは不明。

ウシ 在来種 856,011  
乳牛との雑種 231,097  
Boran 2,467  
その他 3,240  
小計 1,092,815  
ヤギ 在来種 129,370  
雑種 24,807  
Exotic 1,003  
小計 155,180  
ヒツジ 在来種 37,254  
雑種 112  
小計 37,366  

牛乳

牛乳は毎日生産される。つまり毎日の収入になるという点で他の農作物より優れている。しかし、生産地から消費者に届くまでの間、冷蔵しなければすぐに腐敗してしまうという欠点を持つ。ウガンダの場合、このようなコールド・チェーンを維持するのが難しい。まず、農家での冷蔵は不可能であり、乳業会社までの移動も常温での運搬になる。乳業会社のクーラーに入れられた後でも、基準が守られていないので低温を維持するのが難しい。

搾乳時や運搬時の手順も衛生的であるとは思えず、当然のことながら生菌数、体細胞数の非常に高い、品質の悪い乳が販売される。農家から乳業会社に運搬された牛乳は、アルコール・テストという品質検査を受けて、合格されたものだけが買い取られる。買い取り価格は約 250 シリング/リットルである。カゾでは約 300 シリング/リットル、カンパラでは約 700 シリング/リットルで一般に販売される。

アルコールテストで不合格になった乳や、クーラーが故障したりあふれてしまったりした場合には、乳業会社に買い取りを拒否される。そのような乳は、町中のお店に小売(約 200 シリング/リットル)されたり、学校給食用に販売や寄付されたり、ひとにあげたり、捨てたりしている。


集乳所に集められる牛乳。細菌培養には丁度よい温度だ。遠いところから来る牛乳は地域で集められ、車で運ばれる。

集乳所のクーラー。3トン用。キルフラからカンパラまで毎日 100 トンの牛乳が運ばれているという。

牛肉

獣医事務所の前がせり市場になっている。家畜がいないときはただの広場にしか見えないが、車に家畜を積み込むための小さな丘があり、毎日のようにトラックが来ては家畜を積み込み走り去ってゆく。おそらくカンパラ周辺まで輸送され、屠畜されるものと思われる。

カゾ周辺で消費される牛肉は、カゾで屠殺される。カゾの裏山に小さな屠殺場が2つあり、ほぼ毎日、1頭ずつ屠殺されているが、肉の売れ行きが悪いときは翌日の屠殺はしない。獣医事務所のフィールド・アシスタントと、保健所の人が交代で食肉検査をしている。検査手数料は1頭あたり 2,500 シリングまたは1kg の牛肉である。

肉を捌くのは肉屋の人たちで、手際は慣れたものであるが、衛生的な処理とはいえない。素手にサンダルの人もいれば、背広に長靴の人もいる。犬が血を舐めに来ており、捨てる部位の肉は犬にあげていた。手を洗う水もその辺の池の水である。屠畜場から出る血液はそのまま山に流されている。それでも糞便や腸管内容物が肉に付かないようにかなりの気を使っており、手順的にも日本の作業工程と大して差はなかった。検査員は腸管、肝臓、肺、心臓、腎臓、舌、リンパ節などに割面を入れて目視検査する。異常があれば廃棄するというが、本当だろうか。

その後肉屋まで運搬されて販売されるが、冷蔵庫もないのに売れ残ったら翌日でもぶらさがっている。さすがに腐ったら買ってもらえないだろうから、彼らなりに腐らない工夫をしているのだろう。月に 2 度あるマーケットでも、盛大に肉を売っている。おいしそうではあるが、ちょっと見ただけでも第1胃の中に双口吸虫がたくさん寄生していた。よく調べればいろんなものが出てきそうだ。


毎日のようにカンパラへ運搬される牛の群れ。

幌用の枠に角をロープで結んでいる。

カゾの町の屠殺場。町の向かいの山の中腹にある。

虫が多い。犬が牛を舐めている。サンダルで屠殺している。

朝早く処理してその日のうちに売り切るのが理想。洗う水は池の水だ。

マーケットの肉売り場。おいしそうな肉が並んでいる。

肉の値段

家畜は通常1頭単位で取引されている。牛はその年齢や栄養状態により評価され、通常、雌牛が 20 万〜30 万シリング、雄または去勢牛は 30 万〜50 万シリングの相場で取引されている。雄または去勢牛のほうが、雌より肉量が多いので値段は高い。去勢の有無よりも、肉量が重要視されることが多い。ヤギは一頭 2 万から 5 万シリング、ヒツジは 1 万から 2 万 5 千シリング、ブタは 5 万から 8 万シリングである(2007 年 11 月、1 US$= 約 1,700 シリング)。

肉になった場合、カゾでは牛肉は 2,000 シリング/kg で買うことができる。生体重 400 kg の牛であれば、枝肉重量として歩留まり 66 %で 270 kg、精肉量として歩留まり 35 %と見れば 140 kg × 2,000 シリング= 28 万シリングである。実際には肉がきれいに骨から外されないまま販売されていることも多いので、歩留まり 40 %とみれば、400 kg の牛でも売り上げは 32 万シリング。600 kg の雄なら 48 万シリングである。

どうも利益が薄いようだが、歩留まりは上がらないだろうから、販売価格を上げているのだろう。カンパラで牛肉が 3,000 シリング/kg だとすれば、400 kg の牛の売り上げが 48 万シリング。600 kg の雄なら 72 万シリングになる。これならば十分商売になるだろうが、経費を差し引くと、意外と利ざやは薄いのかもしれない。カゾで消費している牛は、安い牛だけなのだろうか。

ヤギ肉は 2,500 シリング/kg、豚肉は 3,000 シリング/kg、鶏は 8,000〜10,000 シリング/羽で買うことができる。この辺の人がヒツジの肉を食べることはほとんどなく、主に生体でカンパラ方面へ向けて販売される。ちなみにヤギの乳を飲む人もほとんどいない。




肉の計り売り。

寄生虫(双口吸虫)もついている。

人工授精

カゾ周辺での人工授精はあまり普及していない。NAADS が補助金を出して普及に努めているが、牧牛(放牧された種雄牛)を所有する農家が多い。カゾの人工授精師は、アメリカの USAID の資金援助の下で、カンパラ周辺にある LAND LAKE 社というアメリカ企業で研修を受けたという。現在でも World Wide Sires というアメリカの会社から精液の提供を受けている。ホルスタインの精液は一本あたり 8,000〜10,000 シリング、雑種では 4,000 シリングである。

一頭あたりの人工授精料金その他手数料として、NAADS から授精師の世話人(tender)へ、40,000 シリングが補助される。その場合、農家の出費はゼロである。NAADS を通さない個人からは、授精その他手数料として 20,000〜25,000 シリング徴収している。液体窒素の入手と維持が悩みの種らしく、200 万シリングする 35 リットルのボンベをムバララまで運び、液体窒素を 6000 シリング/リットルで購入して持ち帰らなければならない。


1ヶ月で 30〜50 頭のペースで授精しているが、種雄牛がおり、発情発見に慣れてない大規模農家からの依頼はあまりない。逆に、種雄牛を持っていない小規模農家からの依頼がほとんどであるという。カンパラ周辺や、種雄牛の少ないブシェニ周辺での普及率が比較的高いのではないかとの話であった。


いくつかの農場の現状

ムニャングル農場では、およそ 100 頭の母牛(搾乳牛と未経産牛)を飼育しているが、全体的に乳量が少ないのがもっぱらの問題点であると本人は考えている。本来ならば 200 リットル/日は出荷できるというが、現在は 80 リットル/日である。乳価は1 リットルあたり 250 シリング。飲む人は1 リットル約 300 シリングで買っている。

草地面積に対する放牧頭数が多く、牛の栄養が足らないのではないかとのこと。母牛 50〜80 頭が適正な頭数らしく、これからは少し頭数を減らしていく予定である。放牧地の丘の上面は完全な牧草地であるが、斜面から谷間にかけてはまだまだ樹木が茂っており、ここを開墾して草地を広げるという。10 人を雇って1ヶ月開墾させるために 50〜70 万シリングの出費となるので、3頭の牛を売る予定である

今年に入ってから流産は2〜3回しか発見していない。訪問時には、なぜか同じぐらいのサイズの子牛が 35 頭程おり、繁殖成績は比較的良い方なのかもしれない。9月から 10 月にかけて分娩が集中するとのことであった。






バギロヴィラ農場では、およそ 100 頭の母牛を飼育しているが、流産が多くて困っているとのことである。今年に入ってから 10 頭以上の流産を確認しており、ツベルクリン判定時にも流産したばかりの牛がいた。胎盤の大きさからして3〜4ヶ月目頃の流産であると思われる。6〜9 ヶ月目頃の流産も多く、胎盤停滞になる牛も多いらしい。

年間分娩頭数は 40〜45 頭であると本人は考えている。搾乳頭数は 50 頭前後で、朝の6時から2人で2時間ほどかけて行っているが、搾り手があと2人は必要とのことで、近々誰かを探す予定。一日あたり 50〜70 リットルを出荷している。

庭ではたわわにアヴォガドが実っており、帰りにたくさん頂きました。




ムシャベさんは LC2 のチェアマンであり、40 頭ほどの牛を飼育している。流産なども年に数頭ほどで、特に問題に感じていることはあまりないが、病気のチェックをしてほしいとのことであった。結核は全て陰性。帰りに豆をたくさんもらった。

隣の農家のムエベレさんはムシャベさんの弟であり、LC1 のチェアマンである。本人は乳質が悪いのを気にしており、乳業会社に持ち込んでもアルコールテストで陽性になり、買い取ってもらえないことがよくあるという。そのような牛乳は町内で販売することになり、乳業会社の引き取り価格(250 シル/リットル)よりも1リットル当たり 50 シリングも安くなってしまう。通常の搾乳時にブツや異常は認められないという。過放牧によるビタミン A 不足なのか、鉱塩をあげているか、出荷乳に初乳を混ぜていないかなどいろいろ聞いてみたが、極端な管理ミスは見当たらなかった。

この両農家の間に赤道があった。




カトゥグンガさんは地方判事であるが、この周辺の伝統により牛も飼育している。飼養頭数は母牛 50 頭ほどで特に問題があるわけではないが、病気が気になるので調べてほしいとのことであった。母牛 20 頭ほどを搾乳して毎日 150 リットル生産しているとのことで、かなりの篤農家なのではないだろうか。牛乳はすべて学校給食にまわされている。

立派なおうちの横には行事に用いられるという小さな藁葺小屋があった。中には毛皮の座布団がいくつもあり、神棚にはバターをつくるための大きなひょうたんや、娘が嫁ぐときに一緒に携帯されるという牛乳入れが祭られていた。牛乳で三々九度のような儀式を行うようだ。牛に纏わる伝統文化はかなり豊富そうである。

追い込み柵(クラッシュ)周辺が泥沼状態になっており、かなり汚れてしまった。






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2007 年 11 月 協力隊短期隊員 小林 郁雄 文・写真
(最終報告書の一部を掲載)