フィールド奮闘記 --- クミ 2008 年 9 月 1 日

      何かと問題の多いクミヘ出かけた。水道なし、電気ほぼなし、スタッフやる気なし、という三重苦は、他の獣医事務所と比べて格段に条件が悪い。昨年よりも状況は悪くなっているように思える。貧乏くじを引いてそんなところに赴任する羽目になったのは、昨年ここで活動した平野くんの同級生であり、かつ同じ獣医衛生学研究室に属する越後谷くんだ。青森の五所川原出身。筆者の獣医学部同級生にも五所川原出身者がひとりいたが、何か雰囲気が似ている。なかなか端正な顔立ちをしているものの、どこか垢抜けないところから都会育ちではないことはすぐにわかる。「俺は青森のプレスリー」たる所以だ。
      朝、7 時半に事務所集合だったため、ホテルで朝食を食べる時間がない。バナナ 1 本を手に事務所へ赴いたが、案の定まだイマリガが来ておらず 8 時近くまで待つことになった。そしてそのイマリガは車で登場。リッチになったものだと感心していたら、その車はサンプリング用に借りたレンタカーだった。「自分が同行するときは車は必要ない」と確かに伝えていたはずだ。筆者を含めて 3 人しか行かないのに車 2 台を連ねてどうするのだ。無駄なことこの上ない。越後谷曰く「あのドライバーは牛の保定に活躍してくれるから重要なメンバー」とのこと。それならば彼に日当を払って筆者の車に乗ってもらった方が 10 分の 1 以下の経費で済むというものだ。朝食を食べそびれた挙げ句に待たされたこともあり、朝っぱらからムッとして気まずい雰囲気を醸し出す筆者であった。

この日最初のサンプリング地

早速、採血を開始

中央が越後谷くん、その右がイマリガ

農家から牛の情報を聞く。

      今日のサンプリング地はクミ県南部のカニュム郡 (サブカウンティー)。郡事務所に寄り、スタッフの女性ひとりを乗せて最初の農家へ向かう。女性にはめずらしく背の高い人だ。やはり北部出身なのだろうか。農家を結ぶ農道は、毎晩のように降る雨でぬかるみ車を揺らし、トゲの多い灌木にまわりを囲まれ車体に傷をつくる。プロジェクト・カーは筆者の心のように満身創痍になっていく。
      サンプリングのスタイルは昨年と同じだ。まあ、変えようもないのだろう。農家の人たちとドライバーが牛を保定し、越後谷くんが採血し、イマリガが記録を取る。イマリガはあまり採血が得意ではないのだろう、確か昨年も平野くんが採血をしていた。しかしやらなければうまくなるはずもなく、もう少し練習をさせた方がいいのかもしれない。研修に来ていた女学生はスカートで採血をしていた。しかし彼女の場合は倒されている牛から採血をするのにすわろうとせず、立ったままでやっていた。「私の足は長いのよ」と、見せびらかしたいのであろうか。どう考えてもやりにくいと思うのだが、どうしてなのか理由はわからず、また誰もそれを咎めはしなかった。
      牛を倒すときは長いロープを使い、角から延ばしたロープを胸と腹部に巻き付けて後ろへ引っ張り、第一胃を押し上げて胸部を圧迫することにより呼吸を苦しくさせ、牛がガクッと前肢を折り曲げて前傾姿勢になったところを倒す、という、日本と同じ方法を取っていた。違いといえば、日本では背中を中心線とするため最後のロープも背側から延びるが、クミでは脇腹を中心線とするため最後は股の間を通して引っ張ることくらいであろうか。これは昨年もここだけで見た方法で、何故かウガンダの他地域ではお目にかかったことがない。同じ東部のムバレやトロロでも全く目にしたことがないし、クミ県内でも、この方法を使わずにウガンダではより一般的な、足にロープを巻き付ける方法で倒すところもある。

2 ヶ所目のサンプリング場所

この女学生は採血の時に決してすわろうとしない。

越後谷くんとイマリガ

採血を終え、ロープを外す。

生まれたばかりか、洗いたてのような白さの子牛

近所のガキが集まってきて牛倒しショーの見学

早くも車がパンクした。

タイヤの交換にもすぐにギャラリーが集まる。

      越後谷くんはかなりおっとりした性格 (少なくとも話していて受ける印象は) なので、気の短いハッキリした性格の筆者にとってはいじめたくなる格好の対象であった。この日は朝のレンタカー問題に始まり、フィールドでも「アル綿をフィールドに捨てるな」「せっかく供与した採材用のバスケットを何故使わない」等々、かなり口やかましく言い放った。一番気になったのは採血の方法で、牛が左横臥の場合、越後谷くんは注射針を牛の頭側から刺すことであった。確かにその方がやりやすいし、それでも採れないことはないが、筆者が学生の頃に「若いうちからそんな邪道な取り方はするな」と言われた気がする。何かしら正当な理由があったはずだが今となっては思い出せない。しかし、そういう筆者は今回の出張に当たって長ズボンを持ってくるのを忘れ、前日の日曜にはいて来たショーツしかなかったので、ちゃっかり越後谷くんからオーバーズボンを借りていた。
      2 カ所目の農家で採材を終えるとレンタカーにパンクが見つかり、2 人のドライバーが慣れた手つきでタイヤを交換した。やっぱりこの道をセダン・タイプで走るのはつらい。

手前に干してあるのはピーナッツ

典型的なウガンダの農村、空の青に緑がよく映える。

胸と腹にロープをまわして引っ張り、牛を倒す。

牛が倒れ、これから採血をする。

目つきの悪い牛

ウガンダのパンダ牛

      この日は天気が良く、青い空には綿をちぎって放り投げたような雲が浮かんでいた。緑の大地と丸いとんがり屋根のウガンダ・ハウスが、完璧な田舎の風景を作り、ゆったりとしたウガンダ時間を生み出していく。子どもたちは屈託がなく、大人たちはおおらかで笑いに満ちている。みなそれぞれに悩みや問題はあるのだろうが、それをかわすことのできる心のゆとりが生活の中にあるのかもしれない。
      越後谷くんが太鼓判を押した「牛の保定に威力を発揮する」というレンタカーのドライバーは、4 カ所目の農家あたりから車の中で惰眠をむさぼるようになっていった。「張り切りすぎて疲れたんだろうか」と、寂しそうにポツリと漏らす。というわけで、ドライバーが昼寝をしていても採材は順調に進み、1 時頃までには予定していた 6 カ所での採材を終了することができた。

胸と腹にロープをまわして引っ張り、牛を倒す。

採血をする越後谷くん

近所の子どもたち

乳房炎検査をするために採乳をしてもらう。

      クミのラボは、昨年、平野くんが活動を終えてからというもの全く使われていなかった。それゆえ越後谷くんの赴任時に使い勝手の良い状態になっていなかった。それがどれだけ改善されたか、筆者はラボを見るのを楽しみにしてサンプリングの前日にやって来た。しかし、状況はあまり変わりがないどころか、むしろいっそう雑然と散らかっているように見えた。すかさず「もう少し片付けないとちゃんと検査できないだろ」と釘を刺したところ、その日の夕方、いっしょに食事をするため迎えに行ったときにはきれいに片付いていた。なかなか素直である。すぐにできるんだから、言われなくてもやっていたらもっと良かったんだけど、、、。ちなみに昨年、平野くんがフリーハンドでマス目を描いた凝集反応用のガラス板は、きれいに定規を使って描き換えられていた。良かった良かった。
      採材から戻ると、その日集めたサンプルの処理や検査の一部を、イマリガといっしょにやってしまうという。それはそれで非常に良いことなのであるが、当日は採材後、越後谷くんと共にムバレへ向かうことになっていたため、筆者はそのサンプル処理が終わるまで待つことになった。初めは事務所近くで写真を撮ったりしていたがそれにもすぐに飽き、たまたま持って来ていた沢木耕太郎の本を読むことにした。昼食後の 2 時から延々 3 時間、夕方 5 時をまわって本にも飽きたので、悪いとは思いながらも少し急がせてしまい、5 時半頃にようやくクミを出発して加藤さんの待つムバレへと向かった。

牛耕を終えて帰宅した農家の青年

農家で飼われているベルベット・モンキー

この日、最後のサンプリング、6 カ所目

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2008 年 9 月 長期専門家 柏崎 佳人 記
"短期獣医隊員活動"のスライドショーをダウンロードする。(File Name: Uganda-JOCV'08.mov)