サンプリング百景 --- ムバレ 2007 年 11 月 22 - 23 日

11 月 23 日 (木)
      結局ムバレへ行くのが最後になってしまった。他の男 3 人があまりにも頼りなさそうに見えたためか、それとも中田さんがしっかりしているためか。単に送迎の都合という見方もあるが、やっぱり日大では学年が上だということで、他の日大ボーイ 2 人よりは格段にしっかりしているように感じた。学部長の酒井先生はウガンダへ隊員として送る学生を選ぶ際、真っ先に中田さんを指名したという。逆指名した松波くんとはえらい違いである。その中田さんは平野くんと同じ研究室の大学院博士課程 2 年生だ。何でもフェレットという小動物の免疫機能を研究しているのだそうで、一度、大学を出てから小動物臨床をしていたらしい。松波くんと同じ名古屋出身であり、彼のお姉さんとは中学・高校時代の同級生。何の因果か弟とは同じ大学の同じ学部に通い、協力隊までいっしょに行く羽目になってしまったわけだ。どちらに同情すればいいのか、それは言及を避けたい。
      前日、ラボテクニシャンのエチューとの約束で 7 時半に事務所集合と決めていた。しかしその日の晩、「朝 7 時半何かに来るはずがないので 8 時にしましょう。」と中田さんに言われたので 8 時に行ったところ、エチューが不満そうな顔で待っていた。約束通り 7 時半に来たそうである。どうしてこう、互いの思惑がずれるのか。時間にルーズなウガンダ人が何の因果か魔が差して時間を守ると、時間に正確な日本人がたまたま遅刻するというケースがここではめずらしくない。
      快晴の中、ナカロケ・サブカウンティーに向けて出発する。その途上に住んでいる獣医師のアルフレッドをひろった後、車は幹線道路をそれて草原の中の小道を進む。道を囲む灌木や背の高い草が否応なく車体をこする度に、こめかみのあたりがピクピクと動く。半年前には新車であった日産パトロールは、今や満身創痍で痛々しい。

朝、ニューカッスル病のワクチンを買いに事務所に集まってきた農家の人たち。1 ドース 25 シリング、約 1.5 円だ。

採材地に到着。牛よりも早く子供達が集まってきた。

すぐにワラワラと牛が集まってきた。

エチューと中田さん。エチュウはツベルクリン注射担当。

      ナカロケ・サブカウンティーはムバレの街から北へ、つまりクミ方面へ少し走ったところにあり、街からさほど離れてはいない。サンプリング地である草原に到着した時はほとんど動物の姿を見かけなかったが、10 分もすると牛を引き連れた農家の人々が集まりだし、あちらこちらで牛を倒し始めた。さあ、本日のショーの始まりである。東部ではこういった空き地や学校の校庭を利用してサンプリングを行うため、ギャラリーがかなり多い。娯楽や刺激の少ない地方では、このようなサンプリングでも立派に人々を楽しませているのだ。この日も学校をサボったのかガキどもが嬉々として様子を見守り、特に中田さんにつきまとって長い金魚の糞状態となっていた。キルフラやキボガなどの西部では個々の牧場が大きく、基本的に牧場内でのサンプリングとなるため、現場で見守るのは牧場関係者に限られ、ギャラリーは少ない。
      ムバレ事務所の役割分担は、アルフレッドが採血、エチューがツベルクリン注射、中田さんがサンプルの処理とツベルクリン検査の判定、となっていた。アルフレッドは見物に来ていた男の子をおもむろに助手に任命し、記録係としてこき使っていた。また、まわりをうろうろしているガキどもを捕まえては、採血をした血液を中田さんのところまで運ばせていた。なかなかやり方がうまいし、子供の心理を突いている。他の 3 県では「獣医は命令する人」、みたいな雰囲気が出来上がっており、獣医スタッフが率先してサンプリングには参加していなかったので、ムバレはアルフレッドのような獣医がいるだけでも他とはちょっと違うかな、という印象を受けた。中田さんによるともうひとり、サンプリングの時にフィールドで頑張る獣医がいるという。正直な話、ムバレに対する筆者の印象はプロジェクトの対象 5 県中最下位だったのであるが、今回の訪問でかなり順位が上がってしまった。

アルフレッドが採血を開始。

アルフレッドの採血は止まるところを知らない。

アルフレッドから血液を受け取る中田さん。

農家に連れられて結核の判定に出かける。

牛の脚を持ち上げて保定する農家の兄ちゃん。

牛の抵抗に遭う中田さん。

「ケツが痒いんだよな。」

ケツの痒みもとれてああいがった。「何か用?」

      本日は中田さんの活動の最終日であり、つまりはサンプリングの最終日でもあったので、基本的には 3 日前に行ったツベルクリン検査の判定のみをすることにしていた。しかし予想外に動物を連れてくる農家が多かったことから、採血と結核検査も実施せざるを得なくなった。まあ、キリがないので注射器とツベルクリン液がなくなったら終わりにするということで、最後のサンプリングは進行していった。
      農家は何の検査をするのかきちんと把握していない人もいたようであるが、無料で検査をしてくれるということで熱心に協力してくれる。前に赴任していた東南アジアとはえらい違いだ。ベトナムやカンボジアでは検査機関の獣医師が全く信用されておらず、疾病調査のために農家の家畜から血液を採るにはそれなりの金を払わなければならなかった。それはまた農家の無知に起因するところもあるのだろう。それに比べればウガンダの農家は家畜衛生や疾病についての知識がそこそこあり、県の家畜衛生サービスにも信頼を置いているということか。この日は 3 日前のツベルクリン検査の判定のためにやって来た牛が少なかったようで、中田さんはアルフレッドにどうしたものかと相談をしていたが、アルフレッドは「ツベルクリン反応で尾根部が腫れたら農家にもすぐわかるだろうから心配することはない。」と、泰然と構えていた。まあそれはそうだろうけど、やっぱり日本人としたら判定結果をきちんと出しておきたいよねえ、中田さん。こんな調子でこの日のサンプリングは終わった。

フィールドで血液塗抹を作る中田さん。 中田ファンの取り巻き人に「うまくできたでしょ」と塗抹を見せる。

サンプリング続行中。

「結核の判定に来た牛が少ないんじゃない?」とアルフレッドに問う中田さん。内在する不在感?

ガキどもは写真に写りたいくせに恥ずかしがってすぐに逃げてしまう。最初は中田さんの向かって右となりにいる女の子と二人だけで撮るはずだったのに、すぐに俺も俺もと飛び込み参加し、とうとうこんな大人数になってしまった。まったく、誰かといっしょじゃないとカメラの前にも立てないのか、お前ら! この国の将来が思い遣られる。

牛に与える草を日陰干しにしていた。

オランダのハイファー・プロジェクトにより建てられた牛小屋。

      採材の後、村長さんに連れられて村の中を見学させていただいた。オランダによるハイファー・プロジェクトが各戸に乳牛を一頭ずつ配り、ゼロ・グレージングによる牛乳生産を進めているという。もう 2 年ほど続いているらしく、牛が 2 頭に増えている農家もあり、また生まれたばかりの子牛がいる農家もあった。牛舎は簡素だがきれいで、牛は毛艶も健康状態も良さそうであった。
      一軒の農家ではバイオガス用のタンクを作る準備が進められており、これにはかなり興味をそそられた。カンボジアの田舎で見た、豚の糞尿を利用したバイオガス作りがかなりうまくいっており、それをいつか自分でもやってみたいと考えていたからだ。実際、バイオガスに興味を持っている村落開発隊員が何人かおり、今後、彼らと少しずつ勉強を重ね、いつか誰かの任地で実現できたらと考えている。

      この日は中田さんの最終日だということもあり、アルフレッドの計らいでムバレでは珍しい大牧場を見学させていただいた。3 つの県にまたがっているという 3,000 エーカーの酪農家で、総頭数が牛 279 頭、山羊 170 頭。10 人のワーカーが 60 頭の牛を毎日 2 回搾っている。もちろん手搾りだ。一日の生産量は約 500 リットルだそうなので、一頭につき日量は 10 リットル以下という計算になるが、これでもウガンダでは良い方だろう。毎日、朝搾っては放牧し、昼に集めて休ませてからまた放牧。その後、3 時過ぎに再び集めて搾乳をするという。東部では珍しくクラッシャーや薬浴槽もあり、牛は毎週土曜日に、山羊は 3 週間ごとに薬浴をさせている。残念なことに我々が訪れたときには牛は放牧中で、その姿を目にすることができなかった。


ムバレでは大きな牧場を見学。あいにく牛は牧野に放たれていて目にすることができなかった。

何故木の葉の底面が真っ平らになるのか、不思議だ。

11 月 24 日 (金)
      中田さんと平野くんの帰任日。朝、中田さんをピックアップしてから平野くんを迎えにクミの事務所へ行くと、平野くんが不要品を机に並べ、閉店セールを実施中。もちろん売るわけではなく、欲しい人に三々五々、持って行ってもらうという趣向だ。しかしその趣旨がはっきりしていなかったのか、平野くんの飲み友達 JJ やカウンターパートのイマリガは眺めては感想を言うのみ。持って行こうとはしていなかった。が、もしかしたら互いに牽制しあっていただけかもしれない。その証拠に、我々が一旦事務所を後にしてから平野くんが携帯を忘れたのに気づき、再び事務所へ引き返したときには、机の上はきれいに片付けられていた。平野くんは今生のお別れに生きた鶏をもらったが、中田さんの反対にあって車に載せるのはあきらめ、泣く泣く JJ に返していた。
      カンパラへの途上、ジンジャに寄ってナイル源流を見学し、中華レストランで昼食を食べてから、一路、協力隊の宿舎へ戻った。

クミの事務所を出発する前、閉店セールをする平野くん。

チャールズ皇太子歓迎の幕。思いっきり手書きであった。

危険地帯に入り写真を撮る中田さん。

ナイル源流。

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2007 年 12 月 長期専門家 柏崎 佳人 記
"短期獣医隊員活動"のスライドショーをダウンロードする。(File Name: Uganda-JOCV'07.mov)