フィールド奮闘記 --- ムピジ 2008 年 9 月 8 日

      結局、一番近いムピジへ行くのが最後になってしまった。カンパラから診断センターのあるエンテベへ行くのと同じくらいの距離にありながら、しかも短期隊員の戸田くんが赴任してからも 2-3 回は足を運んでいながら、フィールドへ同行する時間が作れず、その戸田くんが任地で活動をする最後の週の最後のサンプリング日に参加させてもらうことになった。
      戸田くんは、クミに赴任した越後谷くんの同級生で博士課程の 2 年生。魚病学研究室に所属し、魚の免疫機能を研究のテーマにしているらしい。歓迎会の席で自己紹介をするとき、「実験室では魚の鱗を移植したりしています。」と言っていたが、あまり酒の席にふさわしい内容ではないように思えたのは自分だけであろうか。今回が初海外とのことで、ウガンダ到着前はかなりテンパっていたらしい (かくいう筆者も協力隊が初海外であった)。生まれてからこの方怒ったことがないのではないかというくらい、見るからに人の良さそうな朴訥とした好青年であるが、出身は千葉だそうなので見かけよりも田舎者ではないのだろう。頭はスポーツ刈り。ウガンダで散髪に行くかどうかしばらく悩んでいたが、結局、行くのはやめたそうだ。隊員の中でも一番ウガンダ人に近い髪型をしている戸田くんが悩むようなことではないように感じたが、まあ、本人は自分とウガンダ人の髪型がかなり違うと思っていたのかもしれない。

ワラワラと牛が集まってくる。

やる気満々の戸田くん

ムソケが採血をし、戸田くんが手伝う。

ダニ・コントロール・プロジェクトで作ったクラッシャー

ツベルクリン注射中

こんな感じで採材してます。

      当日は事務所に 9 時集合としていたが、いつもは渋滞のひどいカンパラ市内をスイスイと抜けることができ、8 時半過ぎには事務所に着いてしまった。戸田くんは既に準備を整えて待ち構えていてくれたが、事務所スタッフのムソケがまだ姿を見せなかったのでしばらく待つことになった。以前にもどこかに書いたが、ムピジ県は横に細長い。その西側が牛飼養回廊に属し牧場が多い一方で、事務所のあるムピジ・タウンは県の一番東の端にある。牛の頭数が多い西部地域 (マッドゥ) へは事務所から車で 2 時間近くもかかるため、マッドゥでの採材に限っては泊まりがけで行くことにさせていた。それゆえ戸田くんはいつもカウンターパートのムソケ+ドライバーのジョンと共にマッドゥへ出かけ、現地では開業獣医師のカフルマも加わり、幸か不幸か 1 泊 2 日の採材旅行を繰り返していた。しかしこの日の訪問地はムソケの担当するムピジ・タウンとなり、事務所スタッフからの同行者はムソケのみであった。筆者としては「近場で良かった」というのが本音である。
      9 時になってムソケがやって来た。時間に正確で感心だ。ムバレのアルフレッドとは大違いである。早速、車に乗り込み、採材地へと向かった。近場とはいえ、ちょっと脇道に入ると田舎の景色が広がる。大人たちはフリーズして「何者だ」とばかりに車を見つめ、子どもたちはうれしそうに手を振る。このあたりは丘陵地帯が続くために道が悪く車が揺れ、灌木と車体がこすれて神経を逆撫でするような音を発する。しかし程なくして到着したところはマッドゥと同じような草地であり、ところどころに灌木がブッシュを作っていた。一応クラッシャーがある。ここは誰かの牧場というわけではなく、コミュニティーで持つ共用のクラッシャーなのだろう。採材の準備をしている間に、コミュニティーの人たちがそれぞれ数頭の牛を連れてワラワラと集まって来た。足に長いロープを結んでいる牛が多い。東部と同じような方法で牛の保定をするのだろう。しかし多くの牛が長いロープを引きずって歩いている姿というのは、非常にだらしがない。クラッシャーの中に入ってもあちこちに引っかかり、邪魔なことこの上ないが、誰もそのことに気づいていないように振る舞い、かつそれを何とかしようとする人もいない。まあ、実際に気にしていないのだろう。非常にウガンダ的である。
      採材を始めたときにはすぐに終わるのではないかと思われたが、終わりそうになると別の人が牛を連れて現れ、またそれも終わりそうになると今度は別の方角から牛が現れるという、気怠いエンドレス・ムードが漂い始めた。ムソケはここで 20 頭程度採血し次に移る予定だったらしいが、最終的には 40 頭近く採血をしたようだ。筆者としては、色々な人たちが集まって来たためたくさん写真を撮ることができ、なかなか楽しむことができた。

戸田くんに尻尾を持たせて注射中のムソケ

この2人は最初から最後まで見守っていた。

お母さんに抱っこしてもらう。

牛がなかなか前へ詰めてくれずに四苦八苦する。

ムソケは自分がなかなか採れないと戸田くんにやらせる。

戸田くんと農家の青年

      ムピジではムソケが採血とツベルクリン注射を担当し、戸田くんがサンプルの処理をしていた。だいたいムソケは態度のでかいところがあり、「戸田、注射器持って来い」だの、「アル綿持って来い」だのと威張りくさっていた。戸田くんは人がいいから子分のようにこき使っていたのか。いやいやきっと子分のようにかわいがっていたのだろう。以前、ムソケと一緒に採材に出かけた際、注射器の包装紙や使い終わったアル綿などのゴミをあちこちに捨てるので叱ったことがあったが、そうしたら当然のように筆者にゴミを渡すようになり、「俺はゴミの収集家ではない」と再び叱ったのであった。結構、鈍感なのである。
      しかしムソケはウガンダ人には珍しく仕事にまじめな男で、ラボでの仕事も積極的にこなす。その分、質問も多く、かつそれが微妙にポイントを外しているため、答える方としてもなかなかうまく説明できないことが多い。というか、わからせるのに苦労する。特に血液原虫や寄生虫卵の診断などでは、微妙に異なる見え方をする場合が多々あり、経験者が見ると判別がついても、それを経験の少ない人に説明をするのが難しいときがある。それなのにムソケはクリアカットな答えを期待し、かつ自分が納得するまで食い下がるために、なかなか手強い相手である。ただ、それだけ熱心に精を出してくれると、一緒に働く者としては「応援してあげたいな」という気持ちにさせられる。戸田くんによれば、ムソケは血液塗抹標本を自分ですべて見ないと気が済まないのだそうだ。しかも一枚を見るのに 15 分も 20 分もかけるという。戸田くんとムソケの蜜月は相当なもので、小さな検査室の台の上に顕微鏡を 2 台並べ、プロジェクトで供与したたったひとつの実験室用ストゥールに二人で腰掛けて何時間も鏡検するのだそうだ。それだったら言ってくれればもうひとつやふたつはストゥールをあげたのに。検査を終えたのが夜 10 時過ぎになった日もあったそうで、こんなに熱心なカウンターパートにあたり、戸田くんは恵まれていたのかはたまた災難だったのか。

「何か用あんのか。」

ムソケは尻尾からの採血がかなりうまくなった。

男の子 3 人組

ダニがついている牛が多かった。

最初のサンプリング地

農家のひとりに牛の名前を書いてもらう。

      2 カ所目は大きな農場で、酪農ばかりではなく養豚や養鶏なども手広く経営していた。専属の獣医がひとりいて、約 100 頭いる牛のコンディションなどについても個体別に把握しているようであった。まあ、獣医としては当たり前か。乳房炎を患っている牛が何頭かいたが、まあそのくらいは仕方ないだろう。ブルセラに汚染されていなければ良いのだが、、、。最初のサンプリングで多く採血し過ぎたために、ここでは 10 頭ほどに止めて次の農家へと移動した。

クラッシャーもしっかりしていた。

2 カ所目の農場

ムソケが失敗したので戸田くんが採血

戸田くんはせっせとサンプルの処理をする。

      本日最後の、そして戸田くんにとってはウガンダで最後のサンプリングとなる 3 カ所目の農家は、マッドゥの牧場のようになかなか広大な牧場を所有している。母屋の前庭ではコーヒー豆を天日干ししていた。あまり出来のいい豆には見えなかったが、どんな味がするのか飲んでみたい気はする。カウボーイたちが遠くまで牛を集めに行ってくれたのではあるが、ムソケも戸田くんもそして筆者も最初の採材地で精力を使い果たしてしまい、何か気が乗らないままにここでも 10 頭ほどから採血をし、ツベルクリン注射を打ってこの日のフィールド活動は終了となった。

3 カ所目の農場

牧場のスタッフが牛を追い込む。

昼過ぎの炎天下に採材をする。

天日干ししているコーヒー豆

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2008 年 9 月 7 日 長期専門家 柏崎 佳人 記
"短期獣医隊員活動"のスライドショーをダウンロードする。(File Name: Uganda-JOCV'08.mov)