県獣医事務所スタッフを対象としたセミナーを開催 --- 2008 年 3 月 11 ~ 13 日
於 エンテベ (家畜疾病診断・疫学ラボラトリー)

      獣医事務所のスタッフを対象としてセミナーを開催した。目的はひとつ、診断のための検査材料が地方から中央へと流れるようにすることである。当診断センター (エンテベのラボ) にキャパシティーがないこともあり、地方の事務所から検査材料が送られてくることはほとんどない。事務所のスタッフに聞くと、送ったことはあるがそれに対する反応は多くの場合何もなく、たとえあったとしても非常に遅かったという。このラボの信頼度は限りなくゼロに近いようであるが、ここに 1 年間いて状況を見ているとまあ当然の成り行きかなと思える。ポジティブに考えるならばこれ以上落ちることはないであろうから、これから少してこ入れするだけで大きく伸びる可能性もあるというものだ。
      この時期に開催したのは、もちろん渋谷短期専門家がいらしたからだ。ようやく組織病理の検査室が動き始めたことでもあり、なるべく検査数を増やしてラボの活動を軌道に乗せたいという気持ちが強くある。特に病理検査用の材料はホルマリンにさえ漬けておけばコールドチェーンを必要とせず、送付にも便利である。それゆえ渋谷先生に解剖の手技、標本の採集方法などを伝授していただき、地方のスタッフが「いっちょ送ってみるか」という気持ちになってくれたらと考えた。
      もうひとつ地方から中央へと送ってもらいたいサンプルがある。それは何かしら重要度の高い感染症の発生が疑われたとき、迅速診断をするために必要なサンプルである。アフリカ豚コレラや牛肺疫などが発生した場合、PCR を使って出来るだけ早く診断を下さなければならないので、そのためのサンプル (例えばスワブであったり組織であったり) の採集・送付法についても感染症ごとに整理をし、参加者に知っておいてもらいたかった。これについては、分子生物学をオーストリアで学び、昨年は府大で行われた家畜疾病診断に係る研修コースに参加した Dr. デオに任せた。

Seminar Schedule
Tuesday 11th March
09:30-11:00 Techniques of histopathological examination (Dr. H. Shibuya)
11:30-13:00 Samples & molecular approaches in veterinary diagnostics (Dr. Deo Ndumu)
14:00-16:30 Practical: Autopsy and sampling --- chicken (Dr. H. Shibuya)
Wednesday 12th March
09:30-11:00 Infectious diseases in animals (Dr. H. Shibuya)
11:30-13:00 Highly pathogenic avian influenza (Dr. K. Mugabi)
14:00-16:30 Practical: Autopsy and sampling --- goat (Dr. H. Shibuya)
Thursday 13th March
09:15-10:45 Infectious diseases which cause abortion in cattle (Dr. Y. Kashiwazaki)
11:15-12:45 Results of serological survey on brucellosis and tuberculosis (Dr. Y. Kashiwazaki)
14:00-15:30 Discussion on the future Project activities in each district (Dr. Y. Kashiwazaki)
16:00-00:00 Bar-B-Q Party

      昨今ハヤリの家畜感染症の中で、多分一番ホットで避けては通れない鳥インフルエンザについて、総括的な話が聞きたいという声が獣医事務所のスタッフから上がっていたので、セミナーとしての焦点が呆けるのは覚悟の上、それも取り上げることにした。レクチャラーにはあちこちの鳥インフルエンザ・セミナーに出まくっている (アメリカだ、エジプトだと、一体何回足を運んだのか、恐らく本人さえ覚えていまい) 所長の Dr. アデムンに頼んだ。ひとりの個人がそれだけ何度も参加させてもらったのだから、そこで培った知識を国内の同僚にフィードバックする義務もあろう。しかしズルイもので、セミナーの直前になってスタッフのひとり (Dr. ムガビ) に押しつけてしまった。
      最後にもうひとつ、サンプリング法とは関係ないのであるが、昨年、当プロジェクトで実施したブルセラ病と牛結核病の調査結果を取りまとめ、きちんと説明しておかなければいけないと感じ、丁度良い機会なので筆者が説明することにした。また少し時間が余ったので、流産を起こす感染症について錆びついた知識をリフレッシュしてもらおうと、その総括的な話をすることにした。更に更にこの機会を利用し、プロジェクト活動についての率直な意見交換ができればと思い、一同で要望を出し合ったり、可能性を探ったりというディスカッション・タイムも設けることにした。ということで、当然の成り行きからこの 3 つの課題については筆者が担うことにする (役不足ではあるのだが)。
      セミナーの時間割は上記、表の通りである。

いつもあちらこちらをブラブラしているロバが、何故かこの日は図書館に集まってきた。

ラボの図書館はセミナーにもってこいの場所である。

      当日の朝、数名遅れて来たものの、程なくして参加を予定していた 10 名が全員揃った。5 ヶ所の事務所から 2 名ずつ。獣医ひとりと畜産スタッフひとりということにしていたが、ムバレから参加したのはどちらも獣医だった。ほとんどが昨年、短期隊員と共に活動をしていた面々である。
      渋谷先生は実際に大学で病理を教えている先生なので、このような講義はお手の物。参加者達は興味深そうに耳を傾けていた。特に午後の実習では各人の顔つきが違っていた。渋谷先生の手さばきを食い入るように見つめ、ひとつひとつの説明に反応し、冗談には敏感に笑いを添え (気を遣っていたのか?)、約 2 時間半を立ちっぱなしで頑張っていた。ウガンダ人は結構飽きっぽく辛抱がきかないと思っていたので、これには少なからず驚いた。よほど面白く、新鮮だったのだろう。
      デオの迅速診断に関するサンプリングと診断法の講義は聞き逃してしまったのだが、後で参加者の感想を聞いたところ、どうも少し原理的な説明に偏りすぎ、実際に野外でどうしたらよいのかという肝心なポイントがおろそかになっていたようだ。
      Dr. ムガビの鳥インフルエンザについての発表もやはり総論的な説明に終始した。とはいってもセミナーのほんの 2~3 日前に所長に押しつけられて準備した講義であるから、そうなってしまうのもいたしかたないだろう。しかも彼は東海岸熱対策を担当する獣医官であり、鳥インフルエンザに関してはこれまでほとんど経験がないのである。この国では偉くなると面倒なことはすぐに人に押しつける傾向があり (日本でもそうか?)、対策を考えなくてはならない。

午後は解剖の実習。かなり興味深そうに見入っていた。

この日解剖した山羊は、翌日バーベキューに供された。

      さて筆者の発表であるが、前半の流産に関しては全般的に教科書的な説明になってしまった。しかし、これまでトリパノゾーマとネオスポラによる流産の仕事をかなり長いことやってきたので、この 2 疾病に関しては最近の知見などを織り交ぜて詳しく説明した。ウガンダ人は昔からトリパノゾーマには愛着のようなものまで感じているのではないかと思えるくらい関心を持っており、また「ネオスポラ」という名前さえ聞いたこともない人がほとんどだったので、それなりに反応は良かった。
      調査結果については、短期隊員の帰国後、しばらく放っておいたのであるが、農業省からのプレッシャーに負けて年が明けてから本格的にまとめだしたところであった。結果としておかしなサンプルについて再試験を繰り返し、最終的に個体レベルと群レベルの陽性率を地域ごとに算出した。統計的にはカイ二乗検定とスチューデント t-テストを使い、雌雄間や地域間、動物種間での有意差検定を行い、まとめた結果を発表した。発表前、ブルセラについて改めて勉強をしたのだが、「雄の精液中に細菌が出現するが、交配によって雄から雌へ感染が移るのは稀である。」という記述があった。ブルセラ病は交配によって雄から雌へも、雌から雄へと同様に感染が広まると思っていたので、真偽の程は別にして少なからず興味を持ち、それならば雄と雌では感染率に相違があるかもしれないと感じ、雌雄間の有意差検定をしてみたのである。検査した雄の数が少なかったこともあり、結果的には有意差は見られなかった。感染雌の直腸検査をした獣医がブルセラに感染した話を何度も聞いたことがあることから、交配によって雌から雄へは感染が成立するものと思われ、本当に雄から雌への感染は稀なのか気になるところである。
      午後のディスカッション・タイムは筆者にとってなかなか面白かった。県の獣医事務所へ出かけても、多くの場合所長と打ち合わせをするだけで他のスタッフと話をする機会がない。それゆえ今回のように上司のいないところで自由に意見を出し合うというのはなかなか新鮮で、普段では耳にしないような面白い意見が飛び交った。例えば、「目の病気が多いのだが、オンコセルカじゃないか?」とか、「ガンボロのワクチンが効いていないんじゃないかと思う」とかいった具合。狂犬病のサンプリングについても、地域ごとに少しずつ対応や考え方、犬に対する人々の接し方に違いがあることがわかった。ブルセラ病、乳房炎、東海岸熱、トリパノゾーマ、流産の原因、ニューカッスル病、などなどにどこの県でも共通して興味が高いようである。今後、乳房炎牛の抗生物質感受性試験、牛肺疫の補体結合反応などを県のラボでできるように整備する傍ら、エンテベのラボではブルセラ診断用製剤の生産 (ELISA 抗原、ミルク・リング・テスト用試薬、ローズ・ベンガル試薬) くらいできるように改善したいものである。

ビクトリア湖を望む管理棟前のローンで集合写真を撮る。

コミッショナー Dr. カウタのスピーチ

局長 Dr. ムカニの話に耳を傾ける。

局長とコミッショナーにもの申す参加者達

      セミナー後のバーベキュー・パーティーには、農業省から局長、コミッショナー、アシスタント・コミッショナーの家畜衛生御三家も登場した。ウガンダ人は人前で話すのが上手い。この点ではスピーチの苦手な日本人はかなわない。アメリカでもパブリック・スピーチは最も人々が恐れているものだそうである (ちなみに第二位は「死」、アメリカ人は死ぬことよりもスピーチの方が恐ろしいらしい)。まあ言い換えればウガンダ人は自分を大きく見せるのが得意であり、人を前にすると得々と話し始める人がいかに多いことか。それはさておき、パーティーでも局長とコミッショナーが挨拶をした。このふたりは農業省でもかなりできた人たちで、自分をおごることなく、等身大で面白い話を聞かせてくれるめずらしいウガンダ人である。そのコミッショナーのスピーチの中で、日本人の専門家に言われたこんな話を披露していた。「日本人とウガンダ人の共通点はよく話をすることだ。しかし違う点がひとつある。日本人は話をしてそれを実行に移すが、ウガンダ人は話をするだけで終わりだ。」という。なかなか真実を突いた喩えであり、筆者は思わず「その通り!」と、合いの手を入れてしまった。コミッショナーはおもしろおかしくこの話をして、やんわりと同僚のウガンダ人に活を入れていたのであろうが、どこまで伝わったのか、これから少しずつ検証していくことにしよう。

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2008 年 3 月 長期専門家 柏崎 佳人 記