渋谷短期専門家、活動記 (組織病理診断) (2008 年 2 月 19 日 ~ 3 月 16 日)

      プロジェクトのメインサイトであるエンテベのラボでは、病理部門が全く動いていない状態であった。ミクロトームやパラフィン用のインキュベーターは備わっており、パラフィンやキシレンなどの最低限必要な試薬類も倉庫に眠っていたのだが、組織病理標本を作る技術を持つテクニシャンがいないし、加えて検査材料が全く入ってこなかった。ラボのスタッフは「作り方は知っているが試薬類が揃っていない」と言い、実際に作ろうとした形跡があることはあるが、きちんと最初から最後まで標本を作るだけの技術や知識を持っているスタッフがいないことは明らかだ。病理検査室には機材が朽ちるままになっており、部屋には最近届いたどこからかの薬品類が無造作に山積みされていて足の踏み場もない。ここでは新品の機材が一度も使われることなく放っておかれる。ドナーの援助は活用されることなくラボの飾りとなっている。
      こういった状況を変えていこうと病理検査部門を立ち上げることにした。組織病理検査は疾病診断の基礎であり、診断を担うラボとしては欠くことのできない部門である。改装を終えた第二診断棟内の一室に放置されていた機材を移し、試薬品類を買いそろえ、不足していた物品を供与機材の一部として注文した。技術移転の重要な担い手である組織病理の短期専門家を日大に依頼し、この 2 月にようやく派遣される運びとなった。

見違えるように生まれ変わった組織病理検査室

長年に渡ってホルマリンに漬けられていた豚嚢尾虫症 (心臓) の標本。これを使って標本作製法を指導された。

組織を切り出した後の脱水系列

作業をする渋谷先生とミルトン

パラフィンに包埋されたブロック

パラフィンブロックを木片に取り付ける。

      短期専門家として日大に派遣していただいたのは病理学研究室の准教授、渋谷先生だ。アメリカで学位を取られただけあり英語も堪能、技術指導者としては申し分ない。方やウガンダ側から渋谷先生のカウンターパートとして名前が挙がったのは、血液検査室にいるミルトンだ。ミルトンはラボ・テクニシャンの中でも若手で、筆者としても一番の適任者であろうと目をつけていたスタッフである。現スタッフの中では一番の適任者だろうと思われたが、それでも不安がなかったわけではない。ラボにはほとんど検査材料が入ってこないことからほとんどするべき仕事もなく、多くのスタッフは好きな時にだけ職場に顔を出すような習慣がついている。ミルトンも例外ではなく、必ずしも毎日職場には来ていなかったので、果たして渋谷先生に 4 週間ついて技術を習得してくれるかどうか、その点が一番の不安材料であった。
      もうひとつの不安材料は注文をしていた供与機材が届くかどうかという点であった。ミクロトーム用の替え刃とそのホルダー、標本を並べるマップなど、約 4,500 ドル分の病理用機材を既に半年前に頼んでいたのであるが、2 月の時点で納入期限を 4 ヶ月も過ぎていながらまだ届いていなかった。ウガンダの業者が購入先の機材会社に対して支払いをしていないのであろう。何度催促してもいいわけを繰り返すばかりで埒があかない。こんなビジネスしかできないからインド人に国の経済を握られてしまうのだ。と、憤慨し、無いことを嘆いても始まらない。たまたま筆者が気まぐれに東急ハンズで買って持ってきていた小さな砥石があったので、渋谷先生には申し訳なかったのであるが、それで錆びついた刃を研いで切片を切っていただいた。

薄切器 (ミクロトーム)

薄切された切片

染色をする。

ヘマトキシリン・エオジンの染色系列

      一応、できる限りの準備は整えておいたので、仕事はそれなりにスムーズにはかどられたようである。心配していたミルトンの出勤率はこの 4 週間の間、飛躍的に上昇し、たまに遅刻はしていたものの必ず毎日顔を見せていた。ウガンダ人には珍しくコツコツと作業をこなしていくタイプのようで、中盤戦からは渋谷先生は指示を出すだけ、ほとんどミルトンがひとりで作業を進めていけるようになった。「彼はもうひとりでもホルマリン材料から染色標本を作れるでしょう。」と、渋谷先生も太鼓判を押され、今回の技術移転はうまくいったようである。これから検査材料が入ってくるようになっても続けてくれることを願うばかりである。
      しかし病理はこれでは終わらない。標本をきちんと検査する目を養わなくてはならない。それには知識ばかりでなく経験も必要とされ、時間がかかる。その部分もミルトンに託すのか否か。約 1 年前に新しく入った獣医、デオが昨年大阪府大の集団研修に参加し、組織病理のトレーニングも受けている。もちろんそれだけでは十分ではないが、それでも獣医であることからそれなりの知識はあるはずであり、彼に任せようかとも考えている。しかしデオはあまり地に足がつかないような性格で、いつも口ではうまいことを言うがコツコツと経験を積み重ねていけるようなタイプではない。今後、「標本を見て診断を下せる人材」をどうやって育てていけば良いのか、頭の痛いところである。

染色が終わった組織標本

病理検査室に三々五々集まって来る野次馬達と共に

標本の顕微鏡像

標本の顕微鏡像

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2008 年 3 月 長期専門家 柏崎 佳人 記