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   2003 年から 2004 年の冬季間、高病原性鳥インフルエンザ(Highly Pathogenic Avian Influenza: HPAI)が中国、東南アジアだけでなく、日本、韓国、パキスタン、アメリカ合衆国といった広い地域で発生し、経済面だけでなく公衆衛生面からも一大問題となったのはまだ記憶に新しい。特に東南アジアにおける今回の HPAI は夏季になっても再発生を繰り返しており、中でもタイとベトナムでは 2004 年9月になって新たな死者を出すなど、HPAI 問題は深刻化している。このような情勢の中、2001 年 12 月から5年間の予定で開始した本プロジェクトは、この地域における HPAI の防疫活動についても様々な分野に関与しながら協力活動を展開してきた。
表1 アジア地域の鳥インフルエンザ発生状況 2003-2004 年(2004年9月15日現在)
OIEに公式報告された日
ウイルスタイプ
(サブタイプ)
ヒトの感染
その他の情報
日 本
2004.01.12
H5N1
移動制限解除、4月
中 国
2004.02.06
H5N1
輸出規制解除、8月
韓 国
2003.12.17
H5N1
最終検査が陰性、7月
台 湾
2004.01.20
H5N2
弱毒性ウイルス
ホンコン
2004.01.26
H5N2
 
インドネシア
2004.02.06
H5N1
カンボジア
2004.01.24
H5N1
制限解除、6月
ラオス
2004.01.27
H5N1
タ イ
2004.01.23
H5N1
公式死者数8名
ベトナム
2004.01.08
H5N1
7月以降4件のヒト感染例
公式死者数16名
マレイシア
2004.08.19
H5N1
3地区に8カ所
パキスタン
2004.01.28
H7N3, H9N2
弱毒性ウイルス

鳥インフルエンザの流行

 HPAI は鶏の重要疾病のひとつとして知られていたが 2003 年末までは大規模な発生はなく、東南アジア各国の診断体制もほとんど整っていなかった。今回の HPAI の発生は 2003 年秋の中国からはじまり、台湾、韓国、ベトナムを経由した形で逐次拡大した(表1)。
    タイでは 2004 年1月 23 日に公衆衛生省と農業組合省が同時に国内におけるHPAIの発生を初めて公表した。インフルエンザは冬の病気とされ、地域の気候が暑くなるにつれて発生は沈静化に向かうとみられていたが、2004 年8〜9月になるとマレイシアでも最初の発生が報告された。またタイとベトナムでは9月に H5N1ウイルスによる新たな死者を出し、これまで公表された死者はタイで 10 人、ベトナムで 20 人となった(2004 年9月 30 日まで)。そして HPAI 鎮圧のためにタイでは家禽(主に鶏、一部アヒルを含む)3,800 万羽、ベトナムでは国内家禽飼育羽数の約 20 %にあたる 4,500 万羽が病死、または淘汰されたと報告されている。FAO がまとめた発生各国におけるHPAI防疫対策と措置の概要を表2に示した。なお HPAI 防疫対策として予防接種を実施している国は現在のところインドネシア、中国(香港を含む)、パキスタンに限られている。タイの場合、公衆衛生分野および闘鶏協会などからの強い圧力にもかかわらず、国内における予防用ワクチン接種は禁止されている。安易なワクチンの使用に関しては FAO、OIE といった国際機関も強く警告している。
表2 各国における鳥インフルエンザ防疫対策
感染防除対策
タ イ
淘汰(殺処分)による一掃、移動制限・管理、ワクチン接種禁止、日ごとの報告、検疫、21日間監視体制、Screening/Zoning、補償制度(計画中)
ベトナム
一部殺処分(完全淘汰は状況に応じて)、移動制限、検疫、野生動物(野鳥)監視対策、Screening
カンボジア
淘汰、移動制限、感染鶏舎の消毒、検疫
ラオス
淘汰、移動制限、監視体制の強化、汚染国からの輸入禁止、検疫
インドネシア
一部殺処分(完全淘汰は状況に応じて)、移動制限、ワクチン接種、検疫、補償制度検討中、Zoning、監視体制強化
韓 国
殺処分による一掃、移動制限、ワクチン使用禁止、監視体制強化、汚染国からの輸入禁止、検疫、Screening/Zoning、消毒
中 国
殺処分による一掃、ワクチン接種継続実施、移動制限、運搬車両検査、検疫、汚染国からの輸入禁止、消毒、市場管理・コントロール、補償制度を検討中
台 湾
殺処分による一掃、監視体制の強化、汚染国からの輸入禁止
香港(特別行政区)
ワクチン接種、監視体制の強化、汚染国からの輸入禁止
日 本
殺処分による一掃、移動制限、ワクチン接種無、ワクチン備蓄計画中、監視体制強化、汚染国からの輸入禁止、検疫、消毒、Screening
パキスタン
殺処分による一掃、移動制限、ワクチン接種、検疫、野鳥保護区の観察、汚染国からの輸入禁止
アメリカ合衆国
殺処分による一掃、移動制限、監視体制強化、汚染国からの輸入禁止、検疫
    今回の HPAI 発生による東南アジアの経済的な損失は淘汰された鶏だけにとどまらない。特にタイの場合、鶏肉輸出だけに限っても 2004 年の発生前の予想額 1,260 億円から半分以下の500 億円レベルまで落ち込むのではと懸念されている。タイの大手ブロイラー産業は 70 %が輸出向け、30 %が国内消費向けとなっており、日本、欧州向けの加工加熱鶏肉(唐揚げ、焼き鳥、串カツなど)は比較的早い時期に解禁されたが、冷凍生鶏肉については9月30日現在、未だ輸出市場は解禁されていない。国内での消費も低迷し、当局は信頼回復に躍起となっている。
    8月になって中国および東南アジアで再び HPAI の発生が報じられた。特にタイ、ベトナム、中国では、一度終息をみたかつての発生地を中心に新たな発生が伝えられており、本病が地域のローカル病として蔓延し、根付いてしまうのではと危惧されている。また中国では豚でH5N1ウイルスが検出されたと報じられているが、豚への感染があるとすれば豚からヒトへの感染の可能性が憂慮されることになり、公衆衛生上の問題を含めて HPAI は今後とも最重要家畜疾病のひとつとして注目していかなければならないだろう。
    またタイでは9月末に新たな死者が出たが、特別なケースとはいえヒトからヒトへの感染の可能性が大きな社会問題として取り沙汰されている。
表3 鳥インフルエンザに対するJICA広域プロジェクトの取り組み (投入ベース)
内 容
時期・期間
2003 年度
大臣レベル会議(タイ首相タクシンによる招聘)に参加、バンコク
1月28日
FAO/OIE 鳥インフルエンザ緊急専門家会議に参加、バンコク
2月2628日
タイ家畜衛生研究所への短期専門家派遣 (HPAI 診断-Neuraminidase Assay、動物衛生研究所から今田専門家)
3月713日
本広域プロジェクト長期専門家 (アドバイザー) カンボジア、ラオス、ミャンマー訪問、FAO Trust Fund プロジェクトとの連携、実施活動調整
3月/4月
ラオス、ミャンマーに緊急用防護服供与、今後の発生に備えるための疫学調査用の診断試薬など少額機材供与(ラオス $43,000、ミャンマー $14,000)
3月/4月
2004 年度
タイ人専門家の周辺国派遣 (タイ国立家畜衛生研究所 Dr. Arunee、カンボジアへ)
6月712日
タイおよびミャンマーへ短期専門家派遣 (分子レベル診断、東大医科研から高田専門家)
10月429日
周辺3カ国へ日本人専門家派遣 (基礎的診断技術、入谷専門家)
11月3月
マレイシアにおける地域セミナーおよび研修コースの開催
12月1317日
2005 年度
タイ、ミャンマー、マレイシア、ベトナムへ短期専門家派遣 (血清・分子レベル診断、動物衛生研究所から塚本専門家) 6月27日
7月21日
マレイシアにおいて診断・監視に係る研修コースを開催 7月1121日
ミャンマーでの鳥インフルエンザ発生を受け、タイ人専門家をミャンマーへ派遣 (タイ国立家畜衛生研究所 Dr. Sudarat) 2231
鳥インフルエンザの発生とJICAプロジェクトの取り組み

    2001年12月のプロジェクト開始当時、HPAI は本 JICA 家畜疾病防除広域プロジェクトが対象とする主要疾病には含まれていなかった。しかし今回の発生を機に HPAI 問題は本プロジェクトに課せられた本来の課題、すなわち広域協力活動そのものの課題としてインドシナの周辺参加国のみならず、東南アジアおよび東アジア全体をみつめながら対策を講じていくことが必要となった。このような情勢の変化に即応して2004年度の活動としては上記表3に挙げたような幅広い内容の活動を展開しているが、特にタイ国立家畜衛生研究所 (NIAH) へ日本人専門家を緊急に派遣して診断技術の確立を支援し (Neuraminidase 反応阻止試験、およびAI診断先端技術)、周辺3カ国 (カンボジア、ラオスおよびミャンマー) に対してはAI診断の基本技術の強化を目的とした専門家派遣などを行っている。また 2004 年12月にはマレイシアで FAO/OIE/マレイシア政府との共催で1週間にわたる地域セミナー・研修を開催した。
    地域における本病の今後の推移はなお予断を許さないが、これまでの経験と経緯を踏まえてさらに充実して的確な対処を展開する必要があろう。先進諸国および関係国際機関などの協調・連携活動も欠かせない。今回の地域における
HPAI の流行をみるとき、この種の感染症に対する対応として国内的な防疫体制の整備強化だけでなく、国を越えた地域における防疫活動の調整、協調の促進、国際間の連携と協力が不可欠であり必須であることを改めて認識させた。この意味でも本プロジェクトの役割は大きなものがあろう。(200412月 プロジェクト・チーフアドバイザー 佐々木正雄)