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鳥インフルエンザの現場から、その1
世間が「鳥インフルエンザ」と騒ぎ出して久しい。世界的に鳥インフルエンザが流行しているのは確かだが、鳥インフルエンザを題材に援助を行うこと自体も大いに流行の兆しを示しつつある。これだけ話が大きくなると開発援助国としては「何かしなくては」と動き出さざるを得ないのであろうが、実際にその現場にいて見ていると、各国や国際的な援助機関が競うように縄を張り合っているように見えて仕方がない。
昨年11月28日、バンコク・ポストに載った、国立家畜衛生研究所における鳥インフルエンザ診断に係る記事。タイトルは「鳥インフルエンザが研究所の診断の正しさを試す」とある。研究所のスタッフは土日も休まず働きづめで、限界に近い。
鳥インフルエンザの診断はざっとこんな感じで行われる。鶏の直腸スワブ、つまり肛門あたりの浸出液、もしくは死んだ鶏の臓器の乳剤を発育鶏卵に接種する。3〜4日培養の後に、あるいはこの過程で死亡した卵の尿膜腔液について、ウイルスの有無を検査する。この検査法についてはいくつかあるのだが、RT-PCR によってウイルスの遺伝子そのものを検出するのが最も信頼できる方法であろう。タイはこの方法で行っている。しかしこの方法では機材や試薬等に相当な費用がかかることから、周辺国では赤血球凝集試験や沈降反応、ペア血清を用いた赤血球凝集阻止試験など、オーソドックスな方法によってある程度まで診断を行い、最終的なN5H1のタイピングにはより専門的な機関にサンプルを送付しいる。
タイ
ご存知の通りタイは既に経済的にもかなり豊かになってきており、被援助国という立場から徐々に脱却しつつある。当プロジェクトにおいてもタイは拠点国であり、技術協力援助提供者として位置づけられている。それゆえ援助機関がこぞってプロジェクトを持ち込んでくるという状況にはないが、その代わりに大学などから研究協力のオファーが後を絶たない。日本からだけでも動物衛生研究所と大阪大学による文部省のプロジェクト(新興・再興感染症研究拠点形成プログラム(平成17年度〜平成21年度)における「東南アジアにおける鳥インフルエンザウイルスの疫学調査研究」)、静岡薬科大学や帯広畜産大学からの共同研究依頼などがある。鳥インフルエンザ発生以来、研究所への訪問者も数多く、特にウイルス研究室のスタッフはその対応だけでも相当な時間を費やしている。
タイでは鶏を移動する場合、輸出・入する場合には検査が義務づけられている。また闘鶏用の鶏にはパスポートのような手帳が発行されており、3ヶ月ごとの検査結果が記載されている。その手帳がないと闘鶏に参加させることができない。タイでは全国的に闘鶏が盛んであるため、この検査だけでも馬鹿にならない数となる。この他にも年に2度、全国的な調査を行っており、各地域で約5千から1万羽を検査している。
昨年7月、バンコクの北西約100キロほどのスパンブリという県の地鶏のサンプルから鳥インフルエンザ・ウイルスが分離された。年に2度行っている全国調査で見つかった。この時、タイはあと数日で鳥インフルエンザのフリー宣言を行えるという状況にあったのだが、この家畜衛生研究所の結果をタイ政府は正直に報告し、各国からの信頼を得ることにつながった。上の写真はそのウイルスが分離された地鶏が飼育されていた場所だ。川や運河など水場が多く、渡り鳥の多い地域らしい。橋の上では子供達が釣りと飛び込みに興じていた。
この闘鶏のパスポート制という措置に不満な闘鶏家達が、これまた闘鶏好きな国民的歌手の呼びかけで「ワクチン接種を認めろ」というデモを断行し、政府は地域限定および監視付という条件でしぶしぶ認めざるを得なくなった。現在、このインドシナ半島地域でワクチン接種を行っているのはベトナムだけである。これはワクチン接種を行ってコントロールを始めてしまうと、フリー宣言を行うに当たってワクチン接種を停止してからかなりの長い期間を要するためだ。つまり抗体調査によってフリー宣言を行うため、ワクチンを接種しているとその抗体が消長するまでに相当な時間がかかる。しかしワクチンを使わずに淘汰することによってのみコントロールが成功すれば、短期間のうちにフリーを宣言でき、その分輸出再開を早めることができる。それゆえタイのような鶏肉輸出国はワクチン未接種に固執し、ベトナムではほとんどの鶏肉が国内消費にまわるためにあっさりとワクチン接種に踏み出したのだろう。
タイは全国が8つの地域に分けられており、国立衛生研究所も含めて8つの地域獣医研究診断センターが配置され、それぞれの地域における家畜疾病診断を担当している。右の写真は東北地域(コンケン)診断センターのウイルス研究室。スタッフが日曜日に出勤してサンプルを卵に接種している。このセンターでは卵を培養するための孵卵器が足りず、ひとつの部屋を丸ごと孵卵器として活用している。下の写真、壁沿いに這うコードの先端が実は温度センサーである。そして右下の写真、扇風機の前に円盤状のヒーターが取り付けてあり、室温が下がるとヒーターを稼働させる。ベルギー人専門家の発案らしいが、こういった工夫は痛快だ。
ラオス
ラオスでは 2004 年の初めにインフルエンザの発生が確認されたが、それ以降は発生していないしヒトの感染例もない。昨年7月より WHO がらみでアメリカの St. Jude Children's Research Hospital が調査を行ってきた。これまで約 6000 羽の鶏を検査してウイルスが全く分離されなかったというのだから、まあ発生がないというのは事実なのだろう。彼らはアメリカの学生を5週間交代というサイクルで継続派遣している。何故5週間かというと、「5週間ならば厳しい環境でも我慢すれば何とか耐えられるから」という理由だそうだ。何かラオス側のスタッフにとっては失礼な話だが、こんな所にもアメリカらしさが出ていると言えなくもない。
ラオスの家畜衛生センターでは 2004 年の鳥インフルエンザの発生後すぐに新しい鳥インフルエンザ・ユニットを立ち上げた。そこに当プロジェクトが供与した安全キャビネット(写真左)や孵卵器(写真左下)を据え付け、専属の獣医スタッフを2人配置した。所長も含め、センター全体で獣医が6名しかいないのに、そのうちの2名をこの小さなユニットに配したのだから、このセンターとしては大きな投入に違いない。それでも現在アメリカが行っている調査の仕事だけであっぷあっぷの状態であり、今後 FAO や EU が本格的にプロジェクトをスタートさせた場合、一体どう対応していくのか、ドナーによるカウンターパートの奪い合いが起こりそうだ。
ラオスではちょうど EU によるコミュニティー・ベースの畜産振興プロジェクト・フェーズ2が始まったところであり、この本部が家畜衛生センター内に置かれている。この他にも FAO がらみのプロジェクトが2つ。ひとつはアメリカによる「カンボジア、インドネシア、ラオス、および中国における鳥インフルエンザ発生に対するコミュニティー・ベースによる早期警戒・対策強化のための緊急支援」という長ったらしい名前の付いたプロジェクトである。期間は 13 ヶ月で、予算総額は約7億円だ。
もうひとつはドイツ政府がスポンサーの「ラオスにおける鳥インフルエンザ・コントロールのための草の根レベルでの能力向上」プロジェクトで、期間は3年間、予算総額は3億4千万円である。この2つ共に FAO が実施団体となっている。この他にも日本政府によるプロジェクト(カンボジアの項に記載)も近々始まることであろう。
マーケットでは鶏がこのように売られている。ニューキャッスル病に罹っている個体も多く、病気の温床となっていることは間違いないだろう。ここに鳥インフルエンザ入ってきたらいったいどうなるのだろうか、、、
カンボジア

カンボジアでは当プロジェクト・サイトである家畜衛生生産研究センター(NAHPIC)において、鳥インフルエンザを含めたプロジェクトがいくつか始まろうとしている。ひとつはアメリカによる支援で、FAO を通じた機材の供与を行っている(ラオスの項を参照)。またドイツが資金供与をして、FAOによる「国境沿いにおける疾病防除プロジェクト」が3年の予定で計画されている。これは特に鳥インフルエンザ、豚コレラ、FMD に焦点を当てており、当プロジェクトや SEAFMD プロジェクトとの連携が期待されている。ラオスで始めたプロジェクトとは目的が異なるようだ。また日本政府は Japan OIE/FAO Trust Fund を通して、アジア地域における鳥インフルエンザ・コントロールのために135百万ドル (約155億円) の援助を決めており、この一部がカンボジアにも流れ込んでくるものと考えられる。

このように今後、資金面で NAHPIC はかなり潤ってくるものと考えられるが、NAHPIC のスタッフ自体には変わりがなく、これだけのプロジェクトを血清学セクションの4人だけで消化しきれるのかどうか甚だ疑問が残る。またこのところ鶏の検査材料が数多く持ち込まれるようになってきたが、明らかに鳥インフルエンザではないと思われる検体でも鳥インフルエンザの検査しか行っておらず、他のセクションのスタッフは鳥インフルエンザを恐れて検査をしようとさえしていない。これは、仕事をしない口実に鳥インフルエンザを使っているようにも受け取れ、セクション間での仕事量が一層拡大しているように見受けられた。世界銀行によるスタッフへの給与補填(ひとり頭、月に約 100 ドル)は5月まで再度延長されたそうである。
以上、鳥インフルエンザにまつわる3カ国の現状をかいつまんで説明した。どの国でも検査に携わるスタッフは、毎日膨大な数の検体を処理しなければならず、かわいそうなくらいだ。そこにもってきて次から次へとプロジェクトが入り込んでくるため、消化不良を起こしているように見える。タイのように必要な数だけ臨時職員を雇えるのであればまだ救われるが、ラオスやカンボジアなどは今までと同じスタッフでその対応もこなさなければならず、援助によって生み出される負担は増すばかりだ。(20062月 プロジェクト長期専門家 柏崎 佳人 記)