サイアム通信 第三号(プロジェクト専門家から友人への近況報告)
ご無沙汰しておりました。前回、第2号をしたためてからかれこれ半年近くになるかと思います。あの後、ラオスへサンプリングに出かけ、帰ってからすぐに肺炎を患って久しぶりに病気を経験しました。またこの10 月にもラオスへ行って風邪をもらって帰り、もう3週間以上になろうというのに未だに体調が優れません。その割に食欲がなくなるわけでもないので、具合が悪いにもかかわらず体重は落ちず、悪いことばかりです。
肺炎になった時には咳が出るわけでもなく、熱が上がるわけでもなく、ただ胸の背側に痛みを感じるだけでした。階段を上ったりするととたんに息苦しくなり、高架鉄道の駅へ上る階段も休みという状態でした。それでも医者へ行かずに放っておいたところ、ビールを一缶飲んだだけで息ができないくらいに痛み出し、30 分くらい床に這いつくばって何とか呼吸を整えた程です。その晩、横になっただけで痛みが走って眠れなくなり、翌日、仕事帰りに病院へ行って肺炎と診断され、ようやく納得した次第です。
病院で診察してくれたお医者さんは流暢な日本語を話す若いタイ人でした。胸のバッジを見るとアルファベットの大文字で "HIROSHI" と書いてあります。日本人との混血なのでしょう。いつか「ヒロシです、、、」と言い出すのではないかとおかしくてたまらなかったのですが、体に力が入ると痛むので笑い出さずに切り抜けることができました。
現在住んでいるアパートの近くにナナプラザという歓楽街があり、灯ともし頃になると妖しいお姉さん達の姿が目につくようになると前にも書きました。そのお姉さん達に群がって集まるのが中年から初老といった年代の欧米人です。これだけ読むと紳士然とした人を想像するかもしれませんが、そのほとんどは太っていてだらしない身なり、品性のなさそうな顔で「ルーザー」という言葉がピッタリの人たちです。先日、近所のコンビニへ行った時、そんな欧米人のひとりがレジで店主の女性と話をしていました。その店主は 30 代くらいの愛想のいい女性で、ご主人と二人でそのコンビニを経営しています。特にきれいというわけではありませんがテキパキとして感じが良く、ボーッとした人の多いタイ人の中にあって客あしらいに長けています。僕はいつも通りタイ製のアサヒ・スーパードライとつまみと明治牛乳をかごに入れ、レジへと進みました。あの欧米人と女店主はまだ話をしています。しかしどうもその女性の様子がおかしく、返事に窮しているという感じでした。それでレジの精算を待つ間、聞くとはなしに聞いてみると、何とその欧米人は女店主をデートに誘っていたのです。しかもそのセリフが、「僕が君を変えてあげるよ。君はただ僕の胸に飛び込んでくればいいんだ。」です。あきれてシゲシゲと顔を拝見したところ、頭の中央が禿げ上がった、60 才近いと思われる腹の出た男です。コンビニのレジでこんな男にそんなセリフを言われてクラッとくる女性なんかいるのでしょうか。「他人を変えようとする前に自分を変えろ!」という言葉を胸に飲み込み、そそくさとそのコンビニを後にしました。
余談はさておき、このところの鳥インフルエンザ騒ぎは日本でもほぼ毎日のように報道されていることでしょう。うちのプロジェクトサイトでも、発生の確認されているベトナム、タイ、カンボジア、ラオスの研究所、診断センターには、協力の申し出やら共同研究の依頼やらが殺到しています。日本からも数多く来ており、今年度、文部省が海外における疾病調査研究プロジェクトに対して巨額の予算を組んだために、特にこの地域ではタイに集中していくつもの大学からミッションが訪れています。しかしタイももう途上国とは言い難く、研究所の予算もかなりふんだんに使えるようになっているため、海外からの協力依頼に対して食傷気味なところが見受けられます。まあこれも仕方のない話で、こうひっきりなしに客が来ればその対応だけで業務が滞ってしまい、「もう勘弁してくれ」という気持ちになるのも理解できます。
この鳥インフルエンザ、ベトナムではワクチン接種を始めましたが、タイではまだワクチンをせずに頑張っています。というのもタイは鶏肉の大輸出国であり(一時日本は鶏肉国内消費量の 90 %近くをタイから輸入していました)、たとえワクチンを接種して病気の撲滅を図ったところで、ワクチンを接種している限りは日本のような清浄国に輸出できないからです。ワクチン接種をやめてから病気が撲滅されたことを確認できるまでには、早くても半年はかかります。しかしワクチンを接種せずに撲滅できれば、清浄化され次第すぐに輸出を再開できる可能性があります。というわけで、タイは政府の方針としてワクチンを使用していません。
ところがここにきて反対勢力が現れました。闘鶏を生業/生き甲斐とする農家のおじさん達です。タイでは闘鶏が非常に盛んで(もちろん賭けます)、農村部では大きな娯楽のひとつになっています。それゆえ政府は闘鶏一羽ごとにパスポートのような証明書を発行しており、数ヶ月おきの検査を義務づけて結果を記録し、その有効なパスポートがなければ移動することも闘鶏に参加することも禁じました。しかしこれは農家にとってかなりな負担となるため、「ワクチン接種を認めろ」と立ち上がったわけです。政府にとって更に悪いことに、国民的人気歌手がその先頭に立って反対運動を煽っています。先日はスパンブリという、今年7月に新たな感染が見つかった街で、闘鶏家約 6000 人の決起集会が開かれるという事態になりました。結局、それを受けて農業協同省は、大学の監視下のもと、ある特定地域内でのワクチン接種を認めるという判断を下しました。タイ政府は結構簡単に一度決めたことを覆します。
もうひとつ、最近の話題といえばミャンマーの首都機能移転騒ぎでしょうか。ヤンゴンからピンマナへの首都機能移転は11月6日に突然始まりました。現政府が首都機能移転のためにピンマナに新都市を建設中であることは周知の事実でありましたが、緘口令が布かれていたこともあり、都市の規模及び移転の時期等については省庁幹部ですら承知していなかったと思われます。実際、今回、あたかも戦時下のように突然の移転を命じられた政府職員は誰しもが驚きを隠せない状況であり、それは局長級の幹部も例外ではありません。
移転地域ピンマナはヤンゴンの北約 400 キロ、マンダレーとのちょうど中間あたりに位置しています。そこはマラリアの汚染地域であり、大規模な人口の流入によりアウトブレイクが懸念されているため、WHOはこれまで保健省に供与していた殺虫剤、蚊帳のピンマナでの使用を認めることにしたそうです。しかしそれ以上に政府関係者の家族を含めた人々の生活を支えるインフラがまだまだ整っていません。教育機関にしてもホテルにしてもそうです。空港さえない状態でいったいどうやって首都機能を果たしていくのでしょうか。というわけで政府関係者にはとまどいを隠せない人が多く、またこれを機に退職する人も多くいると聞きます。ただでさえ色々な書類が滞りがちなミャンマーでは、今後さらに余計な時間がかかることは否めないでしょう。
さて、今年前半は周辺国へ出張に出かけても事務的な話し合いが中心で実際に研究所や診断センターにおいて働く機会がありませんでした。しかし7月頃から徐々にそんな機会も増え、これまでに周辺4カ国全てで技術移転を行っています。各国はそれぞれにお国の事情があるわけですから比較してはいけないと思うのですが、それでも同じような時期に同じような仕事をしている職場に行けば、どうしたって各国でのシステムやスタッフの能力を見比べることになります。特に働いている人たちの能力の違いは歴然としていました。
まずカンボジアですが、ここのスタッフは世銀から給与の補填を受けているために、他国のスタッフに比べても良い給料をもらっています(最も間もなく打ち切られるという噂も流れていますが)。しかし野外からセンターに検査材料が持ち込まれるようなシステムが出来上がっていないため、業務量自体は非常に少なく、必然的に職員の志気が低く怠惰な印象を受けます。また当プロジェクトで特に力を入れている疾病がウイルス病に偏っていることから、特定の数人が頻繁にタイやマレイシア、日本での研修コースに参加しているのですが、そういったスタッフが研修で習った技術をほとんど活用できていないというのが現状です。これは単に機材や試薬類が不足しているためというよりは、カンボジアのスタッフが研修の内容を消化できていないことによるようです。同じ技術を何度も繰り返して教えられているのですが、それが自分のものになっていません。やはり当人達の能力によるところが大きいと感じています。というわけでカンボジアに技術を根付かせるためには、現場で長期に渡る強力なサポートが必要でしょうし、家畜衛生システム全般に係る改善も望みたいところです。
これはラオスについても全く同様です。というかラオスはより深刻だと受け止めています。4カ国中、唯一国内に獣医となる教育機関がないのがラオスなので、スタッフ不足は避けがたい問題です。そこにもってきて色々な援助が入り込んでいるため、結局それに振り回されるだけで何の技術も定着していません。以前には EU のプロジェクトが走っていました。現在は鳥インフルエンザ関係で、WHO の支援によりアメリカの大学から学生が来てサンプリングを行っています。また、オーストラリアが口蹄疫と豚コレラの研究協力を実施していますが、全ての検査をオーストラリアから持ち込んだキットで行っており、それがなくなれば診断は全くできなくなります。その他にも FAO や UNDP が関わっており、常にどこかのドナーの車がセンターに停まっている状態です。しかしカンボジア同様、検査体制はほとんど出来上がっておらず、責任の所在もはっきりしていません。独自に検査できる疾病自体ほとんどなく、常にどこかのドナーに頼っている状態です。所長、副所長クラスが平気で「何かあればドナーに頼めばいい。」と口にするくらいですから、この状態から脱却を図るにはこちらとしても相当な覚悟が必要になるでしょう。またそういう管理職に限って偉そうなことばかり言うので話をしていてもカチッときます。
先日、ラボで仕事をしていた時、副所長が来てスタッフのひとりとあれやこれや話し合いをしていました。しばらくして塩化カリウムの粉末の入ったボトルを持って僕の所にやって来ると、「このボトルは1モルか」と聞くのです。いったい何のことかわからずによく話をしてみると、4モル濃度の塩化カリウム液を作りたいのだが、どうすればいいのかわからずにもめているとのこと、唖然としました。彼はロシアで獣医師の資格どころか博士号まで取得しています。日本のちょっと気の利いた高校生ならば4モル濃度の塩化カリウム液などすぐに作れるでしょう。軽蔑口調にならないように気をつけながら、モル濃度がどういうものなのかを説明したのですが、これは僕にとってかなりショックな出来事でした。
しかしラオスの人が皆、能力がないというわけでは決してないのです。ラオスの古都ルアンプラバンという場所で森林管理・住民支援プロジェクトが走っており、そこのサイトの村でこれまでに2度ほど家畜衛生サービスのようなことをさせて頂きました。プロジェクトのラオス人スタッフや、県・地域の担当官、村の責任者達と活動をしたのですが、彼らは全く自立しており(中央やドナーに頼っていない)、問題意識が強いのです。質問の内容を聞いていても核心をついていますし、また安い給料なのによく働きます。僕が連れて行ったビエンチャンのセンターのスタッフは、そういう人たちを前にして「君たちはこうしなければいけない。」などと高飛車なお説教を始めてしまう始末。あわてて中に入り、「彼らが何をしなければならないかを説くのではなく、ビエンチャンのラボでは彼らのために何ができるのかを説明してくれ。」と頼んだところ、話はすぐに終わってしまいました。とにかく、このルアンプラバンで出会ったラオス人スタッフの能力の高さと仕事に対する意欲の強さに圧倒され、うちのプロジェクト・スタッフとどうしてこんなに違うのかという自然な疑問が頭の中を駈け巡っています。各国のドナーも中央の機関に見切りをつけ地方へ流れ始めているので、誰も感じていることは同じなのかもしれません。
方やミャンマーはというと、予算不足で援助もほとんど入っていないために建物は老朽化し、機材類も年代物が多いというのが現実です。しかしこの国のすごいところは、こと国策として決めたことにはきちんと予算を配分して短期間のうちに立ち上げてしまうという点です。家畜衛生分野でいうとワクチン製造がそれにあたります。この国では家畜疾病のコントロールを基本的にワクチンの普及によって行おうと考えているため、4カ国の中で最も多くの種類のワクチンを製造しています。またその製造拠点も年々増えつつあり、昨年、当プロジェクトでブルセラワクチン製造の研修を受けた研修員が、帰国後ゼロから準備を始めて現在では既に製造を開始しています。
しかし診断関係にはほとんど力を入れていないため、安い試薬類でさえ買う予算がないという現状です。そのために何かというとあれを買ってくれ、これを買ってくれとプロジェクトに注文を出してくるのが困ったところです。しかし逆に考えれば、ミャンマーのスタッフは消耗品さえあれば自分たちだけできちんとこなせるだけの能力を持っているということで、安心といえば安心です。
最後はベトナムです。4年ばかり前に研究所で働いていた時はあまり仕事ができる人たちだとは思わなかったのですが、今回、診断センターで働いてみてベトナム人の能力の高さが印象に残りました。例えば ELISA という診断法を使ってその数値と血清の希釈倍率の関係を調べていた時、彼らに「この結果をエクセルに入力してグラフにプロットし、その上で線形回帰分析をして得られた一次関数の係数を出せ。」と注文を出すと、きちんとその通りの解答を持って来ました。もちろん答えは正解でした。こればかりでなく実験室での仕事の仕方などを見ていてもやり慣れているというのがよくわかりますし、質問なども鋭く的を射ておりディスカッションをしていてもなかなか面白いのです。また診断センターのスタッフが非常に若いという点も好印象につながっています。ただベトナムでは目上の人の指示が絶対的ということもあり、彼らが活躍できるかどうかは良い上司に恵まれるかどうかにかかっています。
以上が周辺4カ国のラボで実際に働いてみて受けた印象です。各国共に活動をしていて色々と不満はありますが、それはそれとして根気強く続けていくことが大事なのだろうと感じています。
長くなりましたが、最後に余談をもうひとつ。こちらに来てから大昔に聴いた曲などを、音楽配信サービスを使ってダウンロードしています。それで気がついた歌手や曲を片っ端から検索しているのですが、中学生の頃に聞いていたコテコテのフォークシンガーに斉藤哲夫という人がいました。しかし下の名前は不確かだったので、「斉藤」というキーワードを打ち込んで検索してみました。すると曲名が「斉藤さん」という歌がヒットしてきました。もちろん斉藤哲夫の曲ではなかったのですが、試聴してみるとそれは歌と呼べるような代物ではありません。安っぽいラジオドラマの様な感じで、ビンゴゲームで当たりを出した男の人に、いかにも頭の悪そうな司会の若い娘が名前を聞くと「斉藤です。」と答えて終わり。試聴部分はたった30秒ですので、もしかしたらその後に歌が続くのかもしれません。アーティスト名を見ると「ソープランド揉美山」とあります。約40年前、実写版「忍者ハットリ君」に登場した花岡じっ太か、「丸出ダメ夫」の新珠ゲタ代にも通じるネーミング・センスの良さ。そしてアルバムタイトルは「ケダモノだもの」、さすがソープランド揉美山です。7文字という短い言葉の中できちんと韻を踏んでいます。思わずアルバムを購入しそうになりました。ソープランド揉美山という歌手をご存知の方がいらっしゃいましたらお知らせ下さい。(2005年11月 プロジェクト長期専門家 柏崎 佳人 記)
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