専門家活動記・イン・ハノイ、その1(2005 年 9 月)
      ベトナムの獣医診断センターでは、外国人の専門家が実際に研究室でベトナム人スタッフと共に働くという事がこれまでなかったそうである。数年前に終了した EU によるプロジェクトでは、対象となった組織がセンターも所属する家畜衛生局(同じ場所にある)であったにもかかわらず、技術移転目的の専門家が赴任することはなかった。また、これまでにも FAO 等のドナーから機材援助や診断キットの供与を受けることはあっても、専門家による技術移転を実際に行うドナーはなかったと聞く。
      今回、当プロジェクトで初めてタイ人専門家を派遣する事になり、まずセンター側からの要望の高かった病理診断(Dr. ラダ)とレプトスピラ病診断(Dr. ドアンジャイ)の2人の専門家を送ることにした。ついでに日本人専門家もひとり同行し、In-Country Activity で活用することになっている ELISA 法の技術移転を図ることになった。
      Dr. ラダはベトナムで問題になっているウイルス性アヒル肝炎、ガンボロ病、狂犬病を中心に、BSEについてもその組織病変について実際の標本を使ってスタッフに説明した。技術的には封入体の染色法や一般的なHE染色時の注意点などについて指導し、実際に見やすくて美しい組織標本が作れるように改善された。またセンターの要望として今後、免疫組織染色を行いたいとのことであったため、今回はまず Dr. ラダがその理論、方法についてのセミナーを行い、今年12月頃を目処にもうひとりの専門家を派遣して技術的な指導を行うこととした。
      Dr. ラダはタイ国立家畜衛生研究所創設当初からのベテランスタッフであり、明るく温厚でかつ親分肌的な性格から、当研究所でなくてはならない主要なスタッフのひとりである。ベトナムへ赴任しての感想は、「ここはスタッフが若くていいわねえ。タイの研究所なんか高齢化が進んじゃって、後10年したらどうなっちゃうのかしら。」だった。帰国後のコメントは、「ベトナムはのんびりしてて良かったわ。タイは忙しくてやんなっちゃう、、、だから報告書、もうちょっと待ってね。」タイ人専門家も日本人専門家と同じような感想を漏らすようになってしまった。
      やはり3人も専門家が赴任するとそれなりに待遇も良くなるもので、筆者がひとりで出かけた時に比べると雲泥の差があった。
      右の写真はベトナムの典型的な朝食をご馳走になっているところである。「ホテルで朝食を取ってくるな」という指示に従って出勤すると、セミナールームに朝食を用意して待っていてくれた。昼は昼でスタッフのバイクに2人乗りで分乗し、ブンチャーだのベトナム式ステーキだのを食べに連れて行ってくれた。夜も食事会だの水上人形劇の観覧など盛り沢山であった。
      レプトスピラ病診断の Dr. ドアンジャイはタイよりレプトスピラ標準菌株に対する抗血清のパネルを持参し、現在センターにおいて継代している20種以上の標準細菌株をチェックしたところ、いくつかの株が正しく継代されていないことがわかった。センターにおいて維持している菌株のほとんどはキューバから購入したのであるが(さすが社会主義国)、それ自体が正しい標準株ではなかったのであろうと推察される。やはり診断の基準となる標準株は信頼のおける確かな機関から導入しないといけない。
      他に蛍光抗体法によるレプトスピラ菌の検出や(FITCコンジュゲートはタイの研究所で作製したものを持参した)、野外材料からの分離法などの指導も行った。またレプトスピラ病一般についてのセミナーも開き、活発なディスカッションが行われた(写真下左)。
      Dr. ドアンジャイもやはりタイの研究所ではベテランの部類に入るスタッフである。人形のように整った顔立ちをしており、若い頃は目も覚めるような美人であったろうと推察される(今でももちろん美人ではあるが)。入所当初からレプトスピラ一本で仕事をしており、当疾病ではタイにおける第一人者、現在は最近新設された人獣共通感染症ユニットのチーフとして活躍している。
血清学研究室のスタッフと共に話し合うDr. ドアンジャイ(右から2人目)。
      色々と面倒をみて頂いた返礼としてセンターのスタッフを一度昼食に招待した(下の写真)。タイ食に慣れた者にとって、ベトナム料理はいささか辛さに欠けるためメリハリのなさを感じるが、それでも運ばれてくる一品一品はむしろ日本人好みの味付けで食が進む。特に野菜の浅漬けなどは天下一品で、サクサク感とほのかな食欲を刺激する香りでなかなか箸が止まらない。座っていると若手が次々にビールを注ぎに訪れ、その度に乾杯させられて飲み干さなければならず、これがなかなかきつい。ベトナムのビールは度数が低いことが、不幸中の幸いである。
昼食会で。左からリエン所長、ハー・ウイルス室長、カム副所長
若いスタッフのテーブル。ベトナム式の乾杯で盛り上がっている。
      さて、自分自身は出血性敗血症の原因菌である Pasteurella multosida に対する抗体レベルを検査するための ELISA 法を指導するため、細菌学研究室で4人のスタッフと1週間働いた。ベトナムでは今年度、In-Country Activity として豚コレラの疫学調査出血性敗血症ワクチンの野外における効力判定試験を行うことになっており、この ELISA 法を使って後者のワクチン効果を計ることになっている。
      まだ学生のクオンを除いて研究室のスタッフ3人はこれまでにも他の病気で ELISA を経験済みであるが、それでも試薬類が全て揃っている市販のキットとは勝手が違うため、最初のうちは指示されるがままに行っているという状態であった。しかしすぐに自分たちであれこれと工夫してやりやすいようにアレンジをし始め、週の終わりには手順を見なくてもほとんどこなせるまでになった。これからワクチン接種試験を行おうとしている地区の牛血清をサンプルとしたのであるが、抗体のレベルは牛によってまちまちであり、さてこの結果を基にどのような試験を組み立てようかという議論が活発に行われた。
      また、ネット上で無料配布されている "R" という統計用ソフトに繰り込み、線形回帰モデルを使ってELISA値から抗体価(タイター)を導き出す方法も練習した。ELISA の結果を他の標準とされる検査の結果と線形回帰モデルを使って 相関させることにより、例えば病気の予防に十分な抗体レベルに達しているかどうかなどをELISA の結果から判定することも可能となる。
      ベトナムで実際に1週間働いてみて、スタッフの能力の高さ、仕事に対する真摯な姿勢を実感することができ、非常に有意義な時間を過ごすことができた。
(20059月 プロジェクト長期専門家 柏崎 佳人 記)
この8月にオーストラリアから帰ってきたトー。シドニーの大学の修士課程(研究コース)で3年間勉強していたが、その時はウイルスを扱っていたという。途中から奥さんも奨学金を得てオーストラリアに留学。帰国前に娘が生まれて3人でハノイへ戻った。
細菌学研究室のスタッフで一番若いバー(右)と学生のクオン(左)。バーは真面目な好青年で、交通ルールなどあってないようなハノイの街で、信号が黄色になると真っ先にバイクを停止する。来月からバンコクで行われる人獣共通感染症の研修に参加する。
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