Mainニパウイルスに取り組むコウモリについて調べるコウモリを捕まえるイポに住む人種について考える


コウモリについて調べる・・・

というわけでこの年になって突然コウモリを扱うことになった。子供の頃には横浜の自宅近くでさえ、夕方になるとコウモリが飛ぶ姿をよく目にした。しかしそれ以来というもの、僕の人生はコウモリの活動とはほとんど接点がないままに過ぎてきた。強いて言えば、ウガンダのゲストハウスに泊まっていた頃、屋根裏に棲むコウモリの物音と天井からこぼれ落ちてくる糞に悩まされたことくらいであった。しかも僕は恥ずかしいことに、コウモリが哺乳動物だということさえ知らなかった。そんなことは考えたこともなく、ただ漠然と「飛ぶんだから鳥の仲間だろう」と脳天気な想像をふくらませ、「さて、コウモリの免疫グロブリンをどうやって精製しようか」などといらぬ心配をして赴任の日を待っていた。というのも、診断に用いる免疫グロブリンの精製法が哺乳動物と鳥類では異なっており、後者の精製が厄介である事を一応考慮していたからだ。

マレイシアへ赴任後、職場の同僚に「お前、素人じゃあないんだからいい加減にしてくれ」と叱られたのは言うまでもない。獣医学部時代のクラスメートにこのことを知らせたところ、「7才になるうちの子供でもそんなことは知っている」というありがたい励ましの返事が届いた。さらに「このことは笑い話ではすまないので、あまり他の人には言わない方がいい」という助言まで添えられていた。

そこで文明の利器インターネットでコウモリのことを調べてみることにした。コウモリの大きさは小さいもので25ミリ、最大では翼長が2メートルにも達するという。長寿記録は30年だが、一般的には種類にもよるが10−20年くらいは生きるらしい。これは同じサイズの哺乳類と比べてかなり長い。約4000種ある哺乳動物のうち、その4分の1にあたる約1000種がコウモリなのだそうだ。そのコウモリも大きく二つに分けられる。ひとつは昆虫などを食べるインセクト・バット(ミクロバット)で全体の約8割、そしてもうひとつが果物や花粉を主食とするフルーツ・バット(メガバット)で残りの2割を占める。

よくコウモリは視力が弱いために超音波を出してエコロケーションすると言われるが、これは前者のインセクト・バットの仲間。目も小さく耳や鼻はまるでパラボラアンテナのような形をしており、はっきり言って不細工である。ところが後者のフルーツ・バットはエコロケーション能力が極端に劣る。有視界飛行をするために目が大きく、体つきも大きめで非常にかわいいぬいぐるみのような姿形をしている。遺伝的にもインセクト・バットよりは猿の仲間に近いらしい。このフルーツ・バットの中で一番の大型種オオコウモリ(英語では「空飛ぶキツネ」と呼ばれている)がニパウィルスを持っていると考えられている。

さらに自分の無知を恥じ入り、3冊の専門書を購入して実験の合間に読み漁ったおかげでコウモリについて色々なことがわかってきた。こうなるとちょっとしたコウモリの専門家気取りで、この豊富な知識をひけらかしたくなるというものだ。

コウモリの最大の特徴はもちろん空を飛べることだ。ムササビのような哺乳動物は滑空するだけであるが、コウモリは飛ぶことができる。しかしコウモリの翼は鳥の翼とはかなり異なる。鳥の場合、翼は上腕骨や前腕骨によってサポートされ、誰でも知っているとおり羽に覆われている。一方、コウモリの翼は長く延びた指の骨の間に張られた膜である。薄くてしなやかいて強い膜が指の骨によってサポートされているのである。この膜が何故できたのか、ふたつの説がある。まず、飛んでいる虫を捕まえるために指の間にできたのだろうというインセクト・ネット理論。そしてもうひとつは、木を登りながら虫を探し、次の木へ移るときに滑空できるように膜ができたのだろうというトップ・ダウン理論である。証拠がある訳でもなし、「理論」と名付けるほどたいそうな問題でもないと思うのだが。

もうひとつ、コウモリに共通する他の哺乳動物とは異なる特徴は、足の膝が後ろ向きに曲がるということである。正確に言うと足の上部の骨が180度回転しており、それゆえ膝の関節が逆向きに曲がるのだ。まあ実際、その方が洞穴や木に逆向きでぶら下がるときに都合がよいので、なるほどとうなずける。飛び出すときにも無理がない。では何で逆向きにぶら下がるようになったのか。本にはこう書いてあった。

「コウモリはもともと滑空する動物であった。そのため木の上に棲んでいたので、降り易いように逆さまにぶら下がるようになった。現在でも地上から飛び上がれるほどの揚力はないため、ある程度の高低差を利用して飛び立たなくてはならず、ぶら下がっていた方が好都合である。また、その方が天敵に襲われる心配も少なく、襲われたとしても逃げ易い。」

 ところが日本のある大学が開設しているコウモリに関するホームページには、

「コウモリは、飛ぶための進化の過程でどんどん軽量化されてきたのであるが、骨まで細くなってしまい自分の体重を支えられなくなり、逆向きにぶら下がるようになった。」

 とあった。逆向きにぶら下がったとしても自分の体重を支えているのには変わりないだろうと思うのだが、立っているよりは楽なのかなあとも思え、どちらが正しい理由なのかはよくわからない。

飛ぶために軽量であることは必要不可欠であるが、同時に飛ぶことによって沢山のエネルギーを消費するため、コウモリは大食漢でもある。ではどうやって軽量を維持しているのだろうか。インセクト・バットは栄養分の少ない昆虫の羽や脚は食べず、食後約20分ほどで消化できない成分も糞になって排出されるという。ある種のコウモリは一秒間に7回も噛むことができるのだ。まあ忙しないことこの上なく、レストランなんかでゆっくりと食事もしていられない感じだ。僕が赤ん坊の頃、仮性コレラを患った時には下痢がひどくて食べさせてもすぐに下から出てしまったらしい。そのためトイレで食事をさせるほどだったと母が嘆いていたが、まさにその仮性コレラ状態が続いているといえる。

そしてそうやって蓄えられたエネルギーはものすごい勢いで消費されていく。体重30グラムのコウモリの心臓の大きさは、同じ体重のマウスと比べて約3倍あり、飛行時の心拍数は一分間に700から1000回にも達する。これは人間の10倍以上の速さになる。一分間に1000の心拍数を、しかも飛行中だというのにどうやって数えたんだと怒りを覚える人もいるかもしれないが、それは頭のいいコウモリ生物学者が精密機械を使って調べたのだろうからまあ信じることにしたい。

コウモリは2才齢の時から毎年一匹の子を死ぬまで産み続ける。この数は他の同サイズの哺乳動物に比べると極端に少ないのであるが、それはコウモリの死亡率が低いからであろう。コウモリが交尾に費やす時間は5分から20分くらい、「一突き」で終わる牛とはえらい違いである。子供は出生時で母親の体重の30−40パーセントほどもあり、かなり大きい。それゆえ母親が子供を抱きかかえたまま餌をさがしに飛び出すのは、生後のほんの短い期間のみで、その後は巣に子供を残して出かけるようになる。当然の事ながら巣には沢山の子供がいるわけだが、母親は鳴き声と匂いで自分の子供を捜し出す。子供たちは無邪気なのか欲が深いのかどの雌からもミルクをもらおうとするが、母親が自分の子供以外にミルクを与えることは非常に稀だ。そしてこの子供たち、一日に自分の体重と同じ量のミルクを飲んでしまう。それゆえ母親は一晩に自分の体重以上の餌を食べなければならない。

子供たちは生後3−4週間で飛ぶようになる。しかしすぐにうまく飛べるわけではなく、やはり練習期間はあるようだ。ある研究者は、若いコウモリがトボトボと歩きながら自分の寝床のある洞穴へ戻って来るを目撃したという。つまり勢いよく飛び立ってはみたものの途中で落っこちてしまい、仕方なく歩いて洞穴まで戻って来たというのだ。そのコウモリがバツが悪そうに頭を掻き掻き戻って来たかどうかは知らないが、地面からは飛び立てないので洞穴まで戻って壁をよじ登り、また天井から飛び立ったのだろう。

そして飛行をしながら暗い闇の中で餌を探すため、インセクト・バットはエコロケーションを使う。高周波の音を出すことにより、戻ってきたエコーを受け取って分析し、ターゲットまでの距離と方向を認識するのだ。ある種のコウモリは昆虫の種類まで区別することができる。しかし、このエコロケーション、役に立つのはせいぜい10−20メートル程度の範囲らしい。昆虫の方もコウモリにやられてばかりはいられない。多くの種類の昆虫はコウモリのエコロケーションを探知する耳を持っており、コウモリが出す超音波の強弱で敵との距離を測ることができる。つまり危険を察知することができるわけであり、敵も然るものといったところか。

また、インセクト・バットは常にエコロケーションをしているわけではない。小さいながらも目を備えており、視力に頼った飛行も行っている。ある研究者が一匹のインセクト・バットを日中、ガラス窓のついた部屋に閉じこめた。そのコウモリは部屋の中に放されるとしばらくの間は部屋の中にあるすべての障害物を完璧に避けて飛んでいた。しかし数分のうちに窓へ向かってまっしぐら、見事にガラスにぶつかってしまう。つまり最初はエコロケーションをしていたにもかかわらず、途中から有視界飛行に変えたわけである。エコロケーションの経験を生かすことなく弱い視力に頼るとは、学習しない愚かなヤツだ。

一方、ほとんどのフルーツ・バットはエコロケーションを行わずに有視界飛行をする。しかしこのフルーツ・バットも夜行性であるから、視力だけを頼りに餌は探せない。それゆえ嗅覚がものをいうことになる。果物や花の匂いを頼りに餌を探し、飛び回る。視力を頼りに行動する我々からすれば、エコロケーションは非常に高度で複雑なプロセスから成り立っていると思いがちであるが、実際のところ視力によるナビゲーションの方がより高度な脳の働きを必要とするそうである。同じサイズのフルーツ・バットとインセクト・バットの脳の大きさを比べると、前者の方が大きいということだ。

温帯に生息するコウモリは冬眠をする。コウモリは様々な環境条件下で生活することができる変温動物で、餌のない冬には眠りに入る。その間、体温が外界と同じくらいまで下がってしまうが、目が覚めれば自分で上昇させることができる。この点で同じく変温動物である爬虫類とは異なっている。つまり爬虫類の体温は常に環境の温度と同じであり、自分で上昇させることはできないのだ。コウモリは冬眠に入る前に体重の25パーセント程度の脂肪を貯える。そして冬眠に入ると体温が落ち、眠りを妨げられない限り春まで目を覚ますことはない。リスなどの齧歯類は冬眠前に食料を貯え、冬眠中にも定期的に目を覚まして食料を食べたり、おしっこをしたり、毛づくろいをしたりする。クマの冬眠は基本的に穴の中で眠ったままであるが、体温がコウモリのように下がることはない。コウモリが冬眠を妨害されると目を覚まし、貯えた脂肪を燃焼させて体温を上げることになる。そのために消費されるエネルギーは冬眠中の60日間に匹敵する量であるため、コウモリにとっては死活問題である。それゆえ冬季に洞穴などに入った折、コウモリの冬眠を妨げたりしないよう十分な注意が必要である。

さてそのコウモリの中でも一番興味をそそられ、また一番誤解をされているであろう吸血コウモリについて書いておきたい。この吸血コウモリ、トランシルバニアの吸血鬼伝説とは全く関係がなく、そもそもヨーロッパには吸血コウモリは生息していない。アメリカ大陸に分布するのみである。約1000種類あるコウモリの中で血を吸って生きるコウモリは3種類だけである。そのうちの2種類は鳥の血を好むため、実際に哺乳類から血を吸うコウモリは1種類にすぎない。メキシコからアルゼンチン北部にかけて、特に牧場近辺に非常に多く分布している。翼長は30センチちょっとで体重は30グラム強。20本の歯を持っている。

このコウモリ、地上でもすごく敏捷に行動することができる。まず獲物となる動物の近くに飛び降り、歩いて動物に近づいていく。鼻には熱センサーがあり、動物の皮膚の上から血液が流れるところを探知することができる。その場所を特定すると前歯で傷を作り、流れ出る血をなめるわけである。このコウモリは毎日20グラムの血液を必要とし、その量を摂取するにはだいたい20分くらいかかる。唾液には少なくとも3種類の成分が含まれており、それぞれ血液が固まらないようにする作用、赤血球がお互いにくっつかないようにする作用、静脈がふさがらないようにする作用を持っている。また時として人の血を吸うこともあり、同じ部屋に複数の人が寝ていても、毎回同じ人物から血を吸うのだそうだ。30グラムのコウモリが20グラムの血液を摂取するのだから、飛んで巣へ帰るためには重すぎるだろう。それゆえこの吸血コウモリも血を吸い始めてから2分以内におしっこをし始める。そして血を吸い終わって満足すると、身をかがめた状態から空へ向かって身を投げ出すように跳び出していく。吸血コウモリは唯一、地面から飛び立つことのできるコウモリである。

何故このコウモリは血を吸うようになったのか。三つの推理がある。まずインセクト・バットが、動物に食らいついて血を吸うダニの様な外部寄生虫を食べているうちに血の味をおぼえて直接血を吸うようになったという説。同様に、インセクト・バットが動物に寄生するアメリカ蠅の幼虫を食べているうちに吸血する習慣を身につけたという説。そしてもうひとつ、皮の厚い果物を食べていたフルーツ・バットが、その果物の皮と同じような感触を持つ動物の皮を剥ぐようになり、血を吸うようになったという説だ。もちろん証拠はないので何とも言えないが、皮の厚い果物を食べていてその皮をむく感触から動物の皮を剥き出したという推理には無理があると思うのだが。

この吸血コウモリに限らず、一般的にコウモリに対するイメージはよろしくないようである。狂犬病を伝搬する元凶のようにも言われているが、それも正しくない。コウモリは狂犬病のキャリアー(感染していながら無症状のままで病原体をまき散らす動物)にはならない。コウモリも狂犬病に感染すると他の哺乳動物と同様に発症し、4−5日のうちに死んでしまう。人に狂犬病をうつすコウモリは、他の動物同様、感染して発症したコウモリだ。しかしひとつ厄介な問題もある。コウモリは休眠中の狂犬病ウイルスを持っていることがある。最もこれは他の哺乳類でもあり得ることであるのだが。ある研究者が健康な150匹のコウモリ(Big Brown Bat)を捕まえて3−9ヶ月の間、生態学の実験に使ったところ、その実験期間中にそのうちの5パーセントが狂犬病を発症して死んでしまったという。このようなコウモリは病気をまき散らしはしないが、いつの日か発症する可能性があるということだ。

ところがこのようなネガティブなイメージとは裏腹に、コウモリは地球の生態系を守る上で重要な役割を果たしている。まずフルーツ・バットが果物を食べることによってその種を広い範囲に蒔くことになり、森林再生のために大きな役割を担っている。また花粉を食べるコウモリによって多くの花が受粉の恩恵を受けており、昆虫による受粉とは比較にならないほど効果的に行われているという。コウモリに受粉させるために夜だけ花を咲かせる花もあるくらいだ。そしてインセクト・バットはその名の通り害虫を食べるため、農作物にとって貴重な益獣である。スウェーデンのコウモリ(Northern Bat)は一時間に1000匹の蚊を食べるという。またアメリカ、テキサス州のブラッケン洞窟には2000万匹のコウモリ(Brazilian Free-tailed Bat)が棲んでおり、一晩に225トンの昆虫を消費するという。大食なコウモリだからこそできる技で、病害虫の駆除に一役も二役もかっているわけである。(2003 プロジェクト長期専門家 柏崎 佳人 記、「動物におけるニパウイルス」研究協力プロジェクト 元短期専門家)

次へ


Mainニパウイルスに取り組むコウモリについて調べるコウモリを捕まえるイポに住む人種について考える