車の中での話というのはエイズにまつわる話題が多かった。当時、ウガンダでは成人の6人にひとりがHIVポジティブと言われており、状況としてはかなり深刻だった。しかしUTROのスタッフはまがりなりにも医学系研究所で働いているわけなので、自分たち家族のエイズ感染に対してはかなり注意を払っている。それゆえ彼らの回りで起こっているエイズがらみの事件については対岸の火事的な感覚で見ていた様だ。ジェゼフが言う。
「最近、WHO(世界保健機関)はウガンダに1000万個のコンドームを供給すると発表したんだ。だけどウガンダには性的に成熟している男性が確実に500万人以上はいるんだぜ。つまりひとりにつき2個のコンドームしかまわってこない計算だ。WHOはウガンダ国民に2回やったらそれで打ち止めにしろと言っているのか、それとも使用済みのを洗って何度も使い回せというのか。1000万個と聞くとすごく多い様に聞こえるけど、継続的にずっと供与してくれるというのならばまだしも、一回限りであればほとんど何の役にも立たないのは目に見えている。WHOも何を考えているんだか、本当に馬鹿だよなあ。これは単なるWHOのポーズなのかもしれないけど。」
すると他の奴らは、
「WHOから供与されるコンドームにはWHOのマークが入っているのかなあ。もしそうだとしたら俺は記念にひとつ欲しいんだけど。」
「馬鹿、ロゴなんか入れてたらコンドームが弱くなってやっている最中に破れてしまうかもしれないだろ。WHOに供与されたコンドームを使ってエイズに感染したらいい笑いもんだ。」などと言い出す。
こんな話も聞いた。ウガンダでは一夫多妻が認められており、兄弟が亡くなると残った兄弟がその嫁を妻として迎える習わしがあるという。つまりお兄さんがたとえエイズで亡くなっても弟は兄嫁を引き取るため、結果的にエイズは兄嫁から引き取った弟へ、そしてその弟から本来の妻へと広がっていくことになる。また田舎にある部落では売春婦を共有する習慣が残っているところもあって、そういう部落では当然の事ながらほとんどの男性がエイズに感染しているらしい。最近ではさすがにエイズ教育が普及してきて人々も注意を払うようになってきたが、まだまだ耳から入ってきた知識だけでは実感が湧かず、昔ながらの性習慣が根強く残っているという。こういった性的な側面での大らかさが、アフリカでエイズ感染を広めた原因になっていたのかと深く納得する。車の中の世間話から学ぶことは多い。
そうこうしているうちに目的の村に到着。採材を行う場所は小学校の校庭である。アドビのような泥で塗り固められた小さな校舎の前には青々とした草に覆われた校庭が広がり、農家のおじさんと彼らの牛たちが既に集まっていた。一軒の農家で飼っている牛は多くても10頭程度、少ない家は乳を搾るために1−2頭を飼っているにすぎない。校庭のまわりには太くてたくましい木が生えている。ここでも緑は生き生きと輝いていて、その場にいるだけでエネルギーを与えてくれる。車から外にでると、草の匂いの中にまだ朝のきりっとした冷たい空気がほのかに感じられる。あと1時間もすれば何もかもがすっかり熱を帯び、僕たちを汗だくにさせることだろう。校舎の横にある一番たくましい木の下には20人くらいの子供たちがすわり、先生が小さな黒板を前にして授業の最中だった。しかし子供たちは校庭で始まろうとしている出来事が気になって仕方がないらしい。僕らが到着して彼らは余計にそわそわしだしたのか、先生がしきりに注意している。それに水を差すかのように僕が大きく手を振ると、子供たちも小さく手を振り返してくれた。先生に挨拶とお詫びの言葉を大声で言い、子供たちには「しっかり勉強しろ」と声をかけた。
|