| 東海岸熱 | トリパノゾーマ症 | 心水症 | 口蹄疫 | 牛疫 | 牛肺疫 | 小反芻獣疫 | リフトバレー熱 | ブルセラ病 | 気腫疽 |
|
ランピー・スキン病 | 牛結核病 | 牛バベシア病 | アフリカ豚コレラ | ニューカッスル病 | 鳥インフルエンザ |
アフリカ豚コレラ (African swine fever: ASF)
FAO Animal Health Manual No. 9「アフリカ豚コレラの知識: 野外応用マニュアル」から抜粋
動物衛生研究所 村上 洋介 訳

ASF は家畜として飼養されている豚に対する伝染力の強い疾病で、通常急性経過をとる出血熱とみなされている。しかし、亜急性や慢性の長い経過をとるものも存在する。致死率は 100 %に近く、全ての年齢の豚が罹患する。


原 因
      ASF は、特徴的なエンベロープを有する (訳者注:エンベロープを持たないウイルス粒子もある) DNAウイルスのアフリカ豚コレラウイルスによっておこる。現在このウイルスは、既知のどのウイルスとも関係しない独立したウイルス科に分類される唯一のウイルス種である (訳者注: アスファウイルス科; Family Asfarviridae、アスフィウイルス属; Genus Asfivirus のアフリカ豚コレラウイルスとして 1 科 1 属 1 種のウイルスである)。また、節足動脊椎動物との間を伝播しその双方で増殖するという意味でアルボウイルスの 1 つとも言えるが、DNA ウイルスとしては極めてユニークなウイルスである。ウイルスの遺伝学的解析によって、地域ごとに分離されるウイルス株が類似した地域グループを構成することが判明しており、有用な疫学情報をもたらしている。


罹患動物
      ブタ科 (Suidae) の動物が感受性を持つ。臨床症状を伴う症例は家畜の豚とヨーロッパイノシシの近縁種に限られる。アフリカに生息する野生ブタ類 (イボイノシシ、カワイノシシ、ジャイアントモリイノシシ) は、ウイルスに感染しても発病しない。これらの動物は、軟らかい殻を持つ無目のヒメダニ科のダニ (訳者注: オルニトドロス属、Genus Onithodoros) とともにアフリカ豚コレラウイルスの自然宿主を形成している。


地理的分布
      ASF は、現在アフリカ大陸のほか、カーボベルデ共和国、マダガスカル島およびサルジニア島に限って発生がある。1999 年にはポルトガルで発生が報告されている。アフリカでは、南部、中央および東部アフリカの全ての国々で公式あるいは非公式な発生報告がある。それらの地域は、スワジランドとレソトを除き、コンゴ (ブラザビル)、コンゴ民主共和国、ウガンダおよびケニアの北部国境線に沿って引かれたラインの南方に位置する。また、アンゴラ、コンゴ民主共和国、ウガンダ、ザンビア、マラウイおよびモザンビークなどの国では家畜の豚に常在的発生がある。西アフリカでは、ASF は、カーボベルデ群島の 2 つの島、セネガル、ガンビア、カメルーンおよび恐らくギニア・ビサウにおいて常在化している。1996 年以来、コートジボアール、ベナン、トーゴ、ナイジェリアおよびガーナで大流行がみられている。最近の発生の感染源は明らかにされていないが、分子疫学的研究によって、これらの発生に関係した大半のウイルス株が、かつてヨーロッパ、ブラジルおよびアンゴラで発生した際に分離されたウイルスを含んで、西アフリカのウイルス株に近縁なものであることが判明している。
      この致死率の高い疾病が、豚の飼養密度が高い地域に見過ごされて侵入するとは考えにくいし、また、これまでの初発例は通常大都市およびその周辺で報告されている。飼養密度が低く、群が小さく、また獣医師が不足している辺境地において本病を見つけることは困難となっており、特に社会問題や政情不安があって正常な防疫活動を行うことができない国々では深刻な問題になっている。


伝播と蔓延
      イボイノシシとダニの間の ASF ウイルスの伝播は「森の感染環」として知られている。ダニは、イボイノシシが生息する洞穴や窪地に棲んでおり、イボイノシシを刺咬する際にダニからイボイノシシにウイルスを伝播する。イボイノシシはこうした洞穴で生後 4~6 週間を過ごす。イボイノシシはここでダニに吸血され (ウイルス感染) 体内で高力価のウイルスを増殖させる。イボイノシシから家畜の豚への直接の接触感染は実証されていない。家畜の豚は主に感染ダニの吸血で感染する。中央アフリカおよび西アフリカの一部では、イボイノシシがいない場合にも、また一部地域ではダニがいない場合にも、明らかに家畜の豚の間において感染環が成立している (domestic cycle; 家畜の感染環)。このウイルスの伝播におけるカワイノシシおよびジャイアントモリイノシシの役割は野外では不明であるが、カワイノシシと家畜の豚との接触感染は実験的に証明されている。
      ASF ウイルスに感染した家畜の豚は、発病する 24 時間前から臨床症状がみられるまでの間にも大量のウイルスを体外に排出している。ウイルスは、唾液、涙、鼻汁、生殖器官などの分泌液、尿および糞便などの排泄物に排出されている。血液は大量のウイルスを含む。エアロゾルを介した伝播は、接近したごく短距離間の豚の間でのみ証明されている。本病の発生時には、感染豚、汚染飼料、飲料水、床敷などあらゆる汚染物が間接的な接触で感染源になる。汚染物品は車両やヒトにより遠くに運ばれることもある。
      ASF ウイルスは、例えば肉、血液、糞便および骨髄などの蛋白質を含む生体に由来するものの中では長い期間感染性を失うことがない。それは、高 pH や低 pH、あるいは温度の大きな変化に抵抗性を持ち、生体物質による自己分解はもちろん、様々な消毒剤に対してさえ抵抗性を持っているからである。またこのウイルスは、冷凍や非加熱の豚肉、特に熟成ハムなどのあるタイプの加工処理肉の中では何ヵ月もの間感染性を保持することができる。しかし、単純な加熱 (60 度、30 分間) ではウイルスは不活化される。
      サシバエは、感染豚を刺咬後少なくとも 23 時間は他の豚を感染させることができる十分なウイルス量を保持しており (訳者注: サシバエ体内でウイルスは増殖しない)、ウイルスを機械的に伝播できることが判明している。本病の発生時に、治療あるいは別の疾病の予防接種などを目的として同じ注射針を使用すると、豚から豚にウイルスが伝播する。湖と川のような水中では、ウイルスが急速に薄められることから、生きた動物からの間接伝播は考えにくいが、感染した豚の死体が水を汚染して、これが伝播源になることはあり得る。

軟らかな殻を持ち、目のないオルニトドロス・ムバータ (Ornithodoos moubata) の仲間とされるヒメダニ科のダニは、イボイノシシが棲む洞穴に生息し、ASFウイルスの重要なベクター (媒介昆虫) となる。


農場における病気の出現
      ある国や地域に ASF が初めて出現した場合には、発熱と高い死亡率が特徴となる。豚は元気がなく、食欲を失い、互いに群がって、他の臨床症状を呈さないまま甚急性の経過で死亡するもの、また、ふらつき、横臥、呼吸困難、腹部や四肢末端のチアノーゼなどの症状を 1 日以上呈して死亡する急性の経過をたどるものなどがみられる。
農場の豚にみられる ASF には次のいずれか1つの疫学的事項がみられる:
・感染ダニの寄生するイボイノシシと飼育豚との接触;
・例えば品評会や種雄豚の委託などによる豚の移動;
・近隣の村からの感染豚肉の導入;
・生あるいは非加熱の豚肉を含む残飯の給餌;
・発生農場からのヒトや車両の移動。
全ての年齢の豚が感染する。しかし、ほ乳中の母豚を分娩舎などに隔離していた場合には感染を免れることもある。

 

飼育豚にみられる ASF
衰弱して群がり、高熱がある。

甚急性の ASF
甚急性の
ASF では何ら臨床症状がないままに死亡する。

皮膚のチアノーゼ
皮膚が白い豚では、耳、後部、脚および下腹部に紅潮あるいは青みを帯びたチアノーゼがみられる。

結膜の鬱血
この豚の結膜には、一部に出血を伴う強い充血がみられる。


臨床症状
      野外で ASF ウイルスに感染した豚は 5~15 日で臨床症状を示す。最初の症状は通常高熱 (41~42度) で、豚は元気・食欲ともになく、暗がりを好み群がって、呼吸は速迫する。皮膚の白い豚では皮膚は紅潮し、四肢や腹部にチアノーゼがみられる。後脚を中心にふらつきがみられる。通常呼吸困難があり、鼻孔から泡沫状でときに血液を混じる鼻汁を排出する。嘔吐もしばしば観察される。ある個体では便秘が、また逆に別の個体では血様の下痢症状を示す。妊娠豚は妊娠時期に関係なく流産する。皮膚の白い豚では皮下出血に起因するチアノーゼで皮膚は紅潮し青みを帯びた紫色を呈する。また、粘膜は充血する。昏睡状態は、出血性のショックと肺の水腫を原因とし、通常臨床症状の顕在化から 1~7 日後にみられる。昏睡状態になった豚はその後死亡する。数日間生き残る豚には神経症状が観察されることがある。
      急性期を耐過した豚は亜急性あるいは慢性の経過をとる。亜急性の症状は、発熱を繰り返し、食欲不振、元気喪失する。関節は腫脹し疼痛を伴い跛行する。肺炎症状がみられ、心機能不全により死亡する。死亡前には、心機能不全による喉から前胸にかけての水腫がみられる。慢性の経過をたどる豚は、皮毛が長く粗剛となり削痩し、皮膚には潰瘍がみられる。このような慢性症状は数週間から数ヵ月継続する。こうした、亜急性や慢性の ASF はアフリカの自然例ではみられず、ヨーロッパやカリブ海で報告されている。


出血性病変
出血は、多くの臓器組織および体腔の漿膜面に観察される。

脾臓の腫大
脾臓は著しく腫大し暗赤色を呈する。

リンパ節の出血
出血性に腫大した腸間膜リンパ節。

肺臓の水腫
肺水腫がみられる。肺は水様湿潤した外観で、弾力に富み重量感がある。小葉間結合は水腫性に拡張して明瞭である。


腎臓の出血
腎臓漿膜面にみられる点状から斑状出血。

胃の粘膜面の出血
胃基底部の出血。

腸の出血
腸管内には血様の流動性の内容物がみられる。

脾臓の出血性梗塞
脾臓の辺縁部にみられる出血性梗塞で、この例では脾臓は腫大していない。


剖検所見

急性の経過で死亡した豚の臓器には異常所見はみられない。皮膚が白い豚では、耳や四肢末端、胸や腹部にしばしば出血を伴う青紫色のチアノーゼがみられる。鼻孔や口腔に血液の混じった泡沫液が、また膿性の目ヤニなどが観察される。尾と尾の下部は出血性下痢便で汚れがみられる。剖検時の所見は下記の通りである:
・血液を含む胸水および腹水;
・器官と体表にみられる広範囲の出血;
・臓器、組織の鬱血;
・脾臓の腫大;
・リンパ節の出血性腫大;
・肺は軟らかく光沢と重量感があり、小葉間結合は明瞭で、割面は湿潤状態で泡沫状分泌液を満たす;
・気管は血液を含む泡沫液を満たす;
・腎臓漿膜面の点状あるいは斑状出血;
・胃の出血と潰瘍;
・腸は鬱血し腸管内容は血様である。

亜急性の ASF には下記の特徴病変がみられる:
・心不全による体腔液の貯留;
・リンパ節の出血性腫大;
・心臓と肺漿膜面への繊維素沈着;
・肺は間質性肺炎により硬度を増し斑紋状の外観がある;
・関節は腫脹し関節液と繊維素が蓄積する。

慢性の ASF には以下の特徴がみられる:
・削痩;
・関節など骨格を覆う皮膚面にみられる瘢痕および潰瘍;
・リンパ節の硬化と腫大;
・肺臓と心臓の漿膜面への繊維素の沈着;
・関節の腫大。


類症鑑別
      飼育豚には、通常は急性の ASF が初発生した場合のような高い死亡率を示す病気はない。ASF との鑑別で最も重要なものは、全く異なるウイルスを原因とするが、臨床症状と剖検所見が酷似する古典的な豚コレラ (以下、豚コレラ) である。豚コレラとASFを確実に鑑別するには、それぞれのウイルスを分離しこれを同定するしか方法がない。この 2 つの疾病を剖検所見で識別する場合には、ASF では小腸と大腸における潰瘍、脾臓の出血および組織崩壊、さらに出血性梗塞 (上写真参照) が特徴となるが、いずれの病変も確実に観察されるものではないことから信頼性に欠ける。豚コレラにはワクチンがあるので、診断が確定するまでワクチン接種を試みる方法があるが、もしそれが ASF であった場合には本病がその間に蔓延してしまう恐れがあることから、賢明な手段とはいえない。 ASF は死亡率の高い疾病ではあるが、5 頭中 4 頭が寄生虫病や栄養失調といった別の原因で死亡するような小さな農場では、高死亡率をもとに本病を診断するのは容易ではない。農場や群において相当数の死亡豚があった場合には、地域の他の農場にも同様の死亡事例がないか、問い合わせしてみることを推奨する。ASF と間違えやすい疾病は下記の通りである:
・豚丹毒
・サルモネラ症、敗血性パスツレラ症および他の細菌性敗血症
・トリパノゾーマ症
・中毒


ASF の診断
      多数の豚が年齢に関係なく死亡し、臨床症状と剖検所見が ASF のそれに類似している場合、本病を最初に疑うべきである。ウイルス証明による確定診断のためサンプルを検査施設に送付する。

実験室内検査
      徹底した防疫措置を行うには多額の対策費が必要となり、所有者と政府の両方に大きな負担をかけることになる。このため ASF を確実に診断する必要があり、それには実験室内検査が必要になる。用いる検査方法は、ウイルス分離やウイルス抗原およびウイルス遺伝物質を検出してウイルスの存在を証明する方法、あるいはウイルスに対する免疫応答を確認するウイルス特異抗体の証明がある。急性の ASF の発生では、死亡するまでに抗体を産生する時間がないので抗体の検出は不可能である。それ故、ウイルスの検出が標準検査法となる。抗体検出法は、感染耐過豚の摘発や、国や地域で本病の常在化の有無を確認する血清学的サーベイランスに有用である。

ウイルスの検出
      ASF ウイルスは、骨髄あるいは肺の洗浄で得られる豚のマクロファージ細胞でよく増殖する。ほとんどのウイルス株で、ウイルスの増殖は培養細胞が豚の赤血球を吸着することで確認できる。すなわち、感染した培養細胞は豚の赤血球を吸着して形態的に特徴のあるロゼットを形成する (訳者注: 赤血球吸着現象)。また分離ウイルスが豚に ASF を起こすことを確認するため、分離ウイルスの接種を行う場合もある。あるウイルス株は赤血球吸着現象を起こさないので、培養期間を数日延長して細胞変性効果を観察する必要がある。ウイルス分離培養の利点は、診断確定後に感染源の特定などに必要なウイルス株の性状解明が実施できることである。

蛍光抗体法によるウイルス抗原の検出
      スライドグラス上にリンパ節および脾臓をスタンプして塗抹標本を作製し、蛍光色素を標識抗体と反応させ、蛍光顕微鏡で鏡検する 。陽性と陰性対照をおくことにより正確な判定を行う。この方法は迅速で、ASF の診断能力を持つ多くのアフリカ諸国の検査機関で実施できる。

ポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) によるウイルス抗原の検出
      この検査には専用の検査機器が必要である。ウイルス分離や赤血球吸着試験によるウイルスの証明には通常数日が必要であるのに対して、本検査は迅速な検査法としてレファレンス検査機関でも最も頻繁に実施されている。結果は 24 時間以内に得られ、結果の判定は蛍光体法より客観的で、様々な組織について実施できるという利点がある。リンパ節や脾臓のサンプルは氷で冷やすか、グリセリン緩衝液などに漬けて運搬する。

免疫組織化学的検査によるウイルス抗原の検出
      ウイルスの抗原は、ホルマリン固定材料から作製した病理組織標本上で、免疫パーオキシダーゼ染色により検出できる。この方法は、PCR や蛍光抗原の検出よりは時間がかかるが、ホルマリン固定標本にも応用が可能であるという利点がある。通常 5~7 日間で結果が得られる。組織中のウイルスの局在を知るという研究目的にも有用である。

抗体の検出
      酵素免疫測定法 (ELISA) は、血清中の ASF ウイルス特異抗体を検出するために最も一般に用いられる検査法である。他の方法としては、間接蛍光抗体法やイムノブロット法がある。この検査方法は、感染耐過豚の検出や、国や地域で本病の常在化の有無を確認するサーベイランスに有用である。


ASF の予防
      養豚農場の生産者および農業普及員は、ASF の病性をよく理解し、本病の可能性があることを平素から認識しておくとともに、万一本病が疑われる場合には何をなすべきかを知っておくべきである。
・豚は、出入り管理など、衛生条件を勘案して設計された飼養施設で飼育すべきである;
・国内での豚の移動および国境を越えた移動は衛生当局の管理下に行うべきである;
・豚には残餌や残飯を給餌してはならない。安全性を確保するため残飯は 30 分間煮沸し、その後冷ましたものを与えるべきである。


発生時の措置
・感染農場および感染が疑われる農場は検疫下におかなければならない;
・豚の移動あるいは豚由来のいかなる物も移動してはならない;
・全ての感染豚と感染豚と接触した可能性のある豚は殺処分しなくてはならない;
・と体は焼却するか当該農場で地中深くに埋却しなければならない;
・車両は農場への出入りに際して消毒すべきである;
・ヒトが農場間を移動する場合には、靴、衣類および携行物を消毒しなければならない。

FAO Animal Health Manual No. 9「アフリカ豚コレラの知識: 野外応用マニュアル」をダウンロードする --> pdf file: 1.3 mb
FAO Animal Health Manual No. 11「アフリカ豚コレラ (ASF) の防疫要領策定マニュアル」をダウンロードする --> pdf file: 576 kb