ツェツェ媒介性 牛トリパノゾーマ症 (tsetse-transmitted bovine trypanosomiasis)
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牛トリパノゾーマ症は、原生動物であるトリパノゾーマ属原虫が家畜と人に感染することによって起こる感染症で、熱帯から亜熱帯地域に流行する。本原虫はステルコラリア (Stercoraria) とサリバリア (Salivaria) 群に大別される。ステルコラリア原虫では、発育終末型 (メタサイクリック) トリポマスティゴートが、媒介昆虫 (サシガメ) の後腸から宿主の細胞へと感染する。この中には人のシャガス病を引き起こす T. cruzei が含まれる。中南米ではアルマジロを初め多くの動物が感染している。
サリバリア原虫は感染経路を基準に 1. ツェツェ媒介性、2. アブ媒介性、および 3. 性行為感染などの三群に分類されている。分布はアフリカを初め中近東、東南アジア、中南米、その他各地である。種により一宿主性から多宿主性で、人、家畜では牛、水牛、緬・山羊、馬、ロバ、犬、猫、ラクダ、野生動物ではネズミ、レイヨウ類、吸血コウモリに感染する。牛のトリパノゾーマ症はこのサリバリア感染症である。 |
病原体
重要なトリパノゾーマ原虫はいずれもサリバリア群で、分類学上 Duttonella、Nannomonas、 Trypanozoon、Pycnomonas の4亜属に分類されている。医学分野では、一宿主性の T. brucei gambiense と多宿主性の T. b. rhodesiense がアフリカにおける慢性眠り病、あるいは急性眠り病の原因として重要である。獣医学分野では数種のトリパノゾーマが重要であり、ほとんどが多宿主性である。そのうち、牛に関するトリパノゾーマは下の表に示す通りである。これらの病原体は全生活環で細胞外寄生である。哺乳類体内では、その形態は細長型からずんぐり型のトリポマスティゴート (血流型) である。これらがツェツェバエに吸血されるとまずエピマスティゴート (メタサイクリック型) に変態し、次いでトリポマスティゴートの昆虫型となる。血流型の多くは中間型トリポマスティゴートであるが、T. congolense では全生活環で自由鞭毛を欠く。 |
トリパノゾーマ原虫 |
媒介昆虫 |
病 名
(通称) |
感受性動物 |
分布地域 |
種 |
亜属 |
T. congolense |
Nannomonas |
ツェツェバエ |
ガンビア熱 |
牛、羊、山羊、豚、馬、ラクダ、野生動物 |
アフリカ |
T. brucei brucei
T. b. rhodesiense
T. b. gambiense |
Trypanozoon |
ツェツェバエ |
ナガナ |
牛、羊、山羊、豚、馬、ラクダ、犬、猫、野生動物、ヒト |
アフリカ |
T. vivax |
Duttonella |
ツェツェバエ、
サシバエ、アブ |
ナガナ |
牛、羊、山羊、馬、ラクダ、野生動物 |
アフリカ、中南米 |
T. evansi |
Trypanozoon |
サシバエ、アブ、イヌノミ |
ズッラ |
牛、水牛、豚、馬、ラクダ、犬、象、野生動物 |
北アフリカ、中東、中南米、南及び東南アジア |
T. equiperdum |
Trypanozoon |
性行為感染 |
カデラ、媾疫、Dourine |
馬、ロバ |
南米、アジア、アフリカ、ヨーロッパ |
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トリパノゾーマは、哺乳類宿主体内と媒介昆虫体内の全生活を通して細胞外寄生を行う。基本的には哺乳動物寄生生活期と、昆虫内寄生生活期がある。
T. congolense は全生活を通じて自由鞭毛を欠いている。
血流型トリパノゾーマの表面 (外被) は突然型特異的糖タンパク (variant-specific surface glycoprotein: VSG) に覆われている。寄生哺乳動物はこの VSG を認識して抗体を産生するので、増殖した血流型トリパノゾーマの多くは死滅する。この際、少数の血流型トリパノゾーマは VSG の抗原性を変化させ、宿主の生体防御反応から逃れる。
トリパノゾーマはそれぞれに異なる抗原性を持つ 1000 種の VSG 遺伝子を持ち、宿主の生体防衛反応に複雑に対応して VSG 抗原の変異を起こし、宿主内で生き延びる。再発は、このトリパノゾーマ外被の VSG 遺伝子による生き残り機構によって起こる。
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感染様式および疫学
ツェツェ媒介には、T. congolense、T. brucei ssp.、T. vivax があり、アフリカのツェツェ・ベルト地域で猛威をふるっている。トリパノゾーマ原虫の牛への感染は、ツェツェバエ (Glossina spp.) の長吻部あるいは唾液腺で発育した終末型トリポマスティゴートが吸血と共に宿主に注入されることによって起こる。この地域 36 か国において本症による家畜の被害は 1 億 5000 千万頭と言われている。N'dama 牛はこれらのトリパノゾーマに対して抵抗性があることが知られている。 |
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感染して削痩し、斃死した牛 |
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Trypanosoma evansi -- 形態的には T. brucei ssp. と区別がつかない。 |
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Trypanosoma vivax |
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臨床症状および病理学的所見
牛は急性および亜急性経過で、おおよそ 12 日間隔の回帰熱が起こるのが特徴的である。同時に貧血、水腫、流涎、鼻汁もみられる。急性経過の症例は発熱が持続し、1 ヶ月以内に 70 %が死亡する。
慢性経過では体重減少、発育停止、貧血、呼吸数および脈拍の増加、頚静脈怒張、後躯麻痺などがみられ、一見回復しても 3~6 ヶ月以内に斃死することが多い。剖検の特徴は貧血に基づく諸変化である。すなわち、皮下脂肪織の水腫性萎縮、貧血に基づく心肥大、胸水・心嚢水増加、および腹水症、肺水腫、肝臓腫大、腎梗塞巣、多臓器の出血性病変が特徴的である。リンパ性器官では、リンパ濾胞の壊死・アポトーシス、単球・マクロファージ系など抗原提示細胞の増加・腫大、ヘモジデリン沈着、経過によっては形質細胞の増殖などがある。経過によらず虚血性による多臓器不全に陥るため、様々な臓器に壊死が存在する。 |
診断
臨床診断は、直接血中の原虫を顕微鏡で確認することである。血液内の原虫数は増減を繰り返すため、原虫濃度が低い時期に検査をすると検出率が低くなること、および牛が死亡すると原虫が生存できないため検出が不可能になることが問題である。
血清学的には中腸型トリポマスティゴート (プロサイクリック) を抗原とした蛍光抗体法があるが、感染を確認できても、発病と感染を識別できないことが欠点である。同様の抗原を用いた ELISA 法や、モノクローナル抗体を利用した抗原検出 ELISA 法なども普及しつつある。 |
対策および予防
早期診断による適正治療および媒介昆虫のコントロールによる。現在、予防のためのワクチンはないが、治療と予防の両方に効果的な薬はある。適正な診断のもとで治療すれば完治は可能である。 |
本文は国際農林業協力協会 (AICAF) 発行「熱帯農業シリーズ 23 熱帯に多発する家畜の重要伝染病」より転載した。またここに掲載されている写真は、Foreign Animal Diseases (斃死牛) および Merck Veterinary Manual (Trypanosoma vivax) より転載した。 |
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