牛バベシア病 (bovine babesiosis)
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牛や緬山羊のバベシア病は、アピコンプレックス門 (Apicomplexa)、ピロプラズマ科 (Piroplasmida)、バベシア目 (Babesiidae) のバベシア属 (Babesia) 原虫の感染によって起こり、発熱、貧血、黄疸および血色素尿などの症状を主徴とするダニ媒介性疾病である。
世界的に見ると下の表に示した通りバベシア属が広く流行している。この原虫の分類は性状、病原性および生活環などについては未だ不明な部分が多く、今後の研究による解明を待たなければならない。いずれにしてもダニが媒介することからダニ熱、あるいはダニ媒介性疾病 (tick-borne disease: TBD) と言われることが多い。 |
反芻動物のバベシア病の病原体と分布地域
原虫名 |
発見年 |
感染動物 |
媒介昆虫 |
分布地域 |
B. bigemina |
1893 |
牛、コブ牛、水牛、鹿 |
ウシマダニ属、コイタマダニ属、チマダニ属 |
中南米、豪州、アジア、アフリカ |
B. bovis |
1893 |
牛、コブ牛、水牛、鹿 |
ウシマダニ属、コイタマダニ属、マダニ属 |
中南米、豪州、アジア、アフリカ |
B. divergens |
1911 |
牛、コブ牛、水牛、鹿 |
マダニ属 |
欧州 |
B. jakimov |
1977 |
牛、トナカイ、鹿 |
マダニ属 |
シベリア |
B. major |
1926 |
牛 |
チマダニ属 |
欧州 |
B. ovata |
1980 |
牛 |
チマダニ属 |
日本、韓国 |
B. occultans |
1981 |
牛 |
イボダニ属 |
南アフリカ |
B. crassa |
1981 |
山羊 |
? |
イラン |
B. foliata |
1941 |
羊 |
? |
インド |
B. motasi |
1926 |
羊、山羊 |
コイタマダニ属、チマダニ属、カクマダニ属 |
欧州、ロシア南部、熱帯 |
B. ovis |
1893 |
羊、山羊 |
コイタマダニ属、マダニ属 |
欧州、亜熱帯、熱帯 |
B. taylori |
1935 |
山羊 |
? |
インド |
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病原体
1. 病原体の種類、媒介動物
反芻動物のバベシア属感染症は牛では 7 種、羊・山羊では 5 種が流行地域で問題になっている (表を参照)。アフリカには B. bovis および B. bigemina が分布している。
2. 病原体の生活環
バベシアの生活環は、牛の体内で増殖するメロゴニー、ダニの体内で増殖するガモゴニーおよびスポロゴニーの時期に分けられている。この生活環は犬に寄生する B. canis で詳細に調べられているので、それを下図に示し解説した。
i) B. bigemina
牛の体内における原虫の発育 (シゾゴニー期):赤血球に感染したメロゾイト (ピロプラズム) はスポロゾイトを経てメロゾイトへ発育する。メロゾイトの発育は出芽法によるといわれ、双梨子状になる。この分裂した新しいメロゾイトは他の赤血球に感染する。この繰り返しによって赤血球が次々と侵襲され、赤血球破壊つまり溶血が起きる。
ダニ体内における発育:ダニの体内ではガメゴニーおよびスポロゴニー期を経過してから増殖する。ダニは感染牛を飽血後に落下し、原虫は成ダニの腸管内に入り、20 時間後には線条体に変化する。2 日目、ザイゴートが現れ、3 日目には一次キネートが腸管上皮細胞内に見られるようになる。その後、ヘモサイト、マルピギー管細胞あるいは筋繊維内にキネートを形成する。これをキネート形成期という。このキネートが分裂増殖した第二次キネート (スポロキネート) は、卵を介して幼ダニに移行する。幼ダニの腸管上皮細胞で増殖し、若ダニの唾液腺細胞に移行する。ここでサイトメアおよびキネート発育を繰り返した後、スポロゾイトを形成する。吸血によってスポロゴニーを開始し、生じたスポロゾイトが牛の血中に感染する。
ii) B. bovis
発育環の基本は B. bigemina と同じである。ただ、幼ダニ期スポロゾイトは感染性まで成長する。
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牛に寄生するバベシア属は様々で、生活環も不明な点が多いため、ここでは比較的生活環が明らかにされている B. canis の生活環を示す。
牛に寄生して発育・増殖する時期をシゾゴニー (schizogony、番号 1 から 6)、飽血ダニの腸管で発育・増殖する時代をガメトゴニー (gametogony、番号 7 から 14)、および幼ダニや若ダニの唾液腺上皮内で発育・増殖する時期をスポロゴニー (sporogony、番号 15 から 20) という。
感染幼ダニが牛を吸血する際に、スポロゾイト (sporozoit、番号 1) が牛の体内に入り、赤血球に感染寄生する。スポロゾイトは成熟し、赤血球溶血あるいは破壊により赤血球外のメロゾイト (merozoit、番号 3 および 5)となる。メロゾイトが赤血球に再感染し、ガモント (gamont、番号 6) に成熟する。
この時期の牛がダニに飽血されるとガモゴニー期に入る。すなわち、ガモントが飽血ダニの腸管上皮細胞に感染し、針状構造と放射状隆起を形成するガモント (番号 7 から 9) になる。この変態したガモントが融合してザイゴート (zygote、番号 10) になる。ザイゴート内には時間とともに内空胞 (番号 11 から 13) が形成され、キネート (kinete、番号 14) となりスポロゴニー期に入る。
キネートはダニの卵巣へ進んでスポロキネート (sporokinete、番号 15 から 18) となり、経卵感染で次世代ダニの唾液腺細胞 (番号 20 および 21) へ進入し、スポロゴニー期を完了する。若ダニの唾液腺細胞内でスポロゾイトが形成され、この時期に牛を吸血するとそれらが放出されて牛に感染する。
CY: サイトメア、DE: 消化された赤血球、DK: 多形成期、ES: 多核スポロント、HC: 宿主細胞、IV: 内空胞、N: 核、 NH: 宿主細胞の核、R: 放射状隆起、SP: スポロゾイト、T: 尖端針状構造物、YS: 幼若スポロント
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感染様式および疫学
i) B. bigemina
分布:媒介ダニの地理的分布地域に一致して本症の発生がある。すなわち中南米、西インド諸島、地中海沿岸 (フランス、イタリアを除く)、ロシア南部、中近東、インド、スリランカ、東南アジア、中国南部、台湾、朝鮮半島、オーストラリア東部、アフリカ等、広い地域で発生している。
感染様式:媒介ダニの吸血により若ダニ唾液腺からスポロゾイトが牛に感染する。媒介ダニは B. microplus (中南米、地中海沿岸、アジアおよびオーストラリア東部)、B. decoloratus (アフリカ) が一般的である。感受性のある自然宿主は牛、コブ牛、水牛、オジロジカおよびマザマジカなどである。
ii) B. bovis
分布:アメリカ、メキシコ国境沿岸、西インド諸島、中南米、スイス、旧ソ連圏ヨーロッパ、中近東、スリランカ、東南アジア、オーストラリア東部、アフリカなどで発生が見られている。南米やアフリカでは被害が甚大である。
感染様式:媒介ダニの吸血により幼ダニ唾液腺からスポロゾイトが牛に感染する。媒介幼ダニはアフリカ地域では B. decoloratus (シマダニ)、その他の地域では B. microplus (オオシマダニ) である。若ダニおよび成ダニは媒介しない。感受性のある自然宿主は牛、コブ牛、水牛、アカシア、ノロである。その他、摘脾を受けた哺乳動物 (アカゲザル、人) などの感染死亡報告があるので注意を要する。
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臨床症状および病理学的所見
i) B. bigemina
若牛は感受性が低く不顕性感染であることが多い。成牛では発熱、貧血および黄疸などの顕著な症状を示す。甚急性では死亡率が 50~90 %である。潜伏期間は実験的に 8~15 日といわれ、40 度以上の稽留発熱 (おおよそ 1 週間) がある。原虫血症は発熱から 2~3 日後から見られ、寄生率の上昇とともに貧血が顕著になる。貧血の種類は溶血性であるため、ビリルビン血症から黄疸にいたり、血色素尿を排出するようになる。寄生率の波状的上昇が起こると、溶血性貧血、黄疸、血色素尿症が繰り返し起こるため、播種性凝固不全症候群が持続し、多臓器不全に陥り、致死的経過をとる。重篤例では脳性バベシア症となり、運動失調が発現する。
血液学的には赤血球、白血球および血小板の著しい減少、血液凝固不全を示唆する血清カルシウムの低下、血清蛋白およびグリコーゲンの低下、尿素態窒素、GTP、GOT の上昇などが特徴になる。尿の特徴は、溶血性貧血および腎障害を反映してヘモグロビン尿症、タンパク質尿症および高マグネシウム尿症である。
急性期を耐過する牛は解熱とともにリンパ球増多症が見られ、貧血や黄疸など、諸症状の回復も見られる。
病理解剖学的には全身の貧血、血液凝固不全、皮下、漿膜、骨格筋、結合組織の炎症性水腫、膀胱内に血尿貯留、脾臓は腫大し赤脾髄泥状、肝臓は鬱血、腫大し、黄色化、胆嚢内には出血点が見られ、胆汁が濃縮される。全身性炎症反応症候や血液凝固不全に基づく様々な所見が得られる。
ii) B. bovis
成牛は感受性が高く、発熱、貧血、一般症状の悪化、流産などが見られ、甚急性例では死亡率が高い。若齢牛は不顕性感染であることが多い。
実験感染では潜伏期が 6~18 日で、原虫血症発現後、貧血、発熱 (40.0~41.5 度) を呈す。原虫寄生率は最高値が5~15 %で、血色素尿に陥り斃死することが多い。また、運動失調を伴う脳バベシア症に陥って斃死することも多い。
血液学的には汎血球減少症、低カルシウム血症、低タンパクおよび低血糖、尿素態窒素、GTP、GOT の上昇などが特徴になる。尿の特徴は、溶血性貧血および腎障害を反映してヘモグロビン尿症、タンパク質尿症および高マグネシウム尿症である。
病理学的所見は B. bigemina に記述した特徴の他に、毛細血管内の原虫寄生赤血球による血栓が多発するため、多臓器不全が顕著である。特に大脳皮質の毛細血管で目立ち、脳バベシア症の責任病変を形成する。
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膀胱内における血色素 (ヘモグロビン) 尿の貯留 |
脳の毛細血管内に集積した B. bovis 感染赤血球 |
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診断
斃死した牛の血液、脳、肝臓、腎臓および肺から速やかに塗抹標本を作製し、10 %ギムザ液で 20~30 分間染色し、鏡検して寄生原虫を確認する。生検では末梢血塗抹を作製して原虫を確認する。
血清学的診断では、間接蛍光抗体法が B. bovis および B. divergens の抗体検査に広く利用されている。ELISA 法も抗体確認に利用されている。 |
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Babesia bigemina |
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Babesia bigemina |
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Babesia bovis |
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対策および予防
安全なワクチンは現在のところ存在しない。一部の国ではバベシア感染子牛の血液をワクチンとして利用している。ワクチン株には B. bigemina、B. bovis および B. divergens などが使用されている。 |
本文は国際農林業協力協会 (AICAF) 発行「熱帯農業シリーズ 23 熱帯に多発する家畜の重要伝染病」より転載した。またここに掲載されている写真は、動物衛生研究所編纂「家畜疾病カラーアトラス」より転載した。 |